「そういえばクラトス、あんたがデリス・カーラーンに行く日っていつだったっけ?」
きちんと舗装された道をゆっくり歩きながらしいながそう訊ねてきた。
しいなの隣を歩いていたロイドはその問いに複雑そうに笑うと、
「教えてやれよ、クラトス」と言葉を促したのだった。
「…一応あと二週間後、という事になっている。エクスフィアが揃い次第旅立つ予定だ」
「そっか…寂しくなるね…。」
しいなは寂しそうに呟く。
だが「ちょっと辛気臭くなったね」と呟くと、
晴れ渡る青空を見上げながらしみじみと話を続けた。
「あたしはてっきり、ずっとロイドの傍にいると思ってたんだけど…。
いままでずっと一緒に暮らせなかったんだしサ」
「………そうだな」




ロイドと一緒に暮らす―それはクラトスも考えたことはある。
だがそれはミトスによって地上に降ろされたクルシスのハーフエルフや、
天使達の存在を無視する事になる。
ミトス亡き今、クルシスのハーフエルフを導けるのは、
四大天使であるクラトスかユアンしかいないのだ。
そのユアンは、大樹ユグドラシル―マーテルの傍に残る事になった。
彼もしいなと同様に、「ロイドの傍にいてやらないのか?」と、訊ねてきたのだが…
クラトスはその言葉をそのまま返した。
「お前こそ、マーテルの傍にいてやらなくて良いのか?」
クラトスの意図を理解し、ユアンは首を縦に振るざるを得なかった。

お互い、大切な人が地上にいる―

だが二人共地上に残れば、残されたクルシスの人々は一体どうしたらいいのだろう。
ミトスの仕出かした事は大きい。
四千年間、共にいた仲間である自分こそが責任をとるべきだろう。
そう考えたからこそ、クラトスは自らが行く事を望んだ。
そこに何が待ち受けているのか。地上で生まれ、ずっと育ってきた自分に耐えられるのか。
不安も大きいが、クラトスはクルシスの皆と共にデリス・カーラーンへ行くと決めた。
彼の心に、迷いはなかった。




「お、着いたみたいだぜ」
ロイドの言葉に我に返ったクラトスは目の前の大きな建物を見上げた。
メルトキオの端に建つ、近くにある建物とは規模の違う大きさの屋敷。
そこはテセアラの神子―ゼロス・ワイルダーが住む彼の家であった。
「会えるといいんだけどね…。」
不安そうに表情を曇らせながらしいなは建物の扉を見つめる。
「考えるのは後にして、まずは入ってみようぜ。」
ロイドの言葉にしいなとクラトスは頷くと、彼を先頭にし、
ゼロスが住まう屋敷へと進入したのだった。




「おや、いらっしゃいませ。ハニー様、しいな様……それにクラトス様。」
屋敷に入るとゼロスの執事であるセバスチャンが喜んで歓迎してくれた。
クラトスとしいなが軽く会釈すると、
セバスチャンは「お茶の用意をしてまいります」とその場から下がろうとした。
だがロイドが「あ、いいよ」と彼を引き止めると、セバスチャンはすぐさま振り返った。
「それより、俺達ゼロスに会いにきたんだけど…」
「ゼロス様、ですか……少々お待ちください。只今確認してまいりますので」
そう言ってセバスチャンは階段を上がっていった。
ロイドはすぐさまゼロスの所へと行きたい様子だったが、
クラトスが「行儀が悪いぞロイド」と注意すると、彼は素直に従った。
「しかしいつ来ても凄いね……この屋敷は」
しいなが辺りを見渡しながら感慨を覚える。
確かにこの屋敷には見惚れるようなものが多い。
何ガルドするか分からない壺、毎日入れ替えているらしい色とりどりの花達。
そして赤いドレスを着た女性の絵―ミレーヌ・ワイルダーの自画像。
「…………」
誰しもが見惚れるほどの美しさを持ったこの女性―
ミレーヌの絵にクラトスは違和感を覚えていた。
初めて見た時からそうだった。
この写真のミレーヌ、唇に笑みを浮かべてはいるものの
瞳が笑っていないため、不思議な絵になっている。
その瞳は、戸惑っているようにクラトスには思えた。
画家がそう意図して描いたのならまだ分かるが、
先代神子の妻であるミレーヌをこのような表情で描く意味がない。
むしろ美しく描いて欲しい、と頼むだろう。焼かれない限り、一生残るものだから。
だが修正されずに、そのままに描かれたミレーヌの自画像はどこか悲痛な表情に見える。
幸せとは程遠い表情だった。

そういえば、とクラトスはミレーヌについて思い出す。
(ゼロスから母親の話を聞いた事がないな…)
父親の話もそんなに多くは聞かなかったが、母親の話は一切しなかったように思える。
元々家族という団体に属しているようには思えなかった。
先代の神子である父親はマーテル教の仕事で地方を巡回する事が多かったようだし、
腹違いの妹がいるらしいのだが、年に数回会いに行く、といった所だろう。
彼の傍には、執事であるセバスチャンしかいなかったのだ。

「お待たせいたしました、ハニー様」
噂をすれば影、という言葉に相応しいタイミングでセバスチャンが下へ降りてきた。
隣にはゼロスの姿はなく、一同は目を瞬かせる。
「あの、ゼロスは……?」
おそるおそるしいなが聞くと、セバスチャンは心底困ったようにため息をついた。
「いえ、それがその……何処かへお出かけになられたようで。」
「え?」
意外な言葉に、ロイド達は驚く。
「てっきり私もいらっしゃると思ったのですが…
どうやら窓から出て行かれたようです。一体どちらへ……」
行かれたのか、と言葉を続けようとしたがそれはロイドの大声によって遮られた。
「しいな!クラトス!ゼロスを探そうぜ!!もしかしたら……」
「あ、ああ。分かったよ!!」
ロイドの言いたい事が分かり、しいなは慌てて飛び出す。
もしかしたら、最悪の事態が起きているのかもしれない。
そう思うと不安で仕方がなかった。
だが、扉を開いた刹那、しいなの動きが一瞬だけ鈍った。
扉を開くと、そこは冷たい雫が降り注いでいたのだった。
「…雨だ…」
独特の匂いを嗅ぎながら、驚いたように呟く。
さきほどまで晴天だったのだ、無理もない。
イセリア領と同じになった天気を憂鬱そうに見上げながら、しいなは踏みとどまる。
一体どうしたらよいのだろう、と考えていたのだろう。
この天気では視界も悪く、ゼロスを見つける事も困難である。
それに急いでいるとロイド達が怪我をする場合も考えられた。
もしもの事を考えるとその一歩が踏み出せない。
だが、そんなしいなの横をロイドが通り過ぎた。
「考えるのは後だ!!行くぞみんな!!」
先行して駆け出すロイドに続き、しいなも意を決して駆け出す。
遅れてクラトスも走り出した。
だが寸前で、彼は呼び止められてしまう。

「お待ちください、クラトス様」
「…?」
クラトスは何故かセバスチャンに引き止められた。
怪訝そうに振り向くと、彼は申し訳なさそうに頭を下げていた。
手を煩わせた事が気になり、それで謝罪しているのか。
最初はそう思っていたが、セバスチャンの表情を見る限り、違う話のようだ。
一体どうした、と声をかけようとすると、
セバスチャンは縋るように、そして辛そうに話し始めたのだった。



「ゼロス様を……助けてください」



そうしてクラトスは、真実をセバスチャンから聞くのだった。

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