いつも一緒だと思っていた。


君は大切な僕の片割れで。そして唯一尊敬する相手だった。


僕達は何も変わらない永遠の時を過ごすはずだった。


そう、あの日が来るまでは。







「俺を……殺してくれ………」


君は突然何を言い出すんだい?


「もう……限界なんだ……」


何故、そう思う?


光輝いていた君。


眩しくて、手を離したら僕の届かない所へ行ってしまいそうな君。


君は、永遠に僕の届かない所へ行くのかい?


1人で、行ってしまうのかい……?


「……セレス、君にしか頼めないんだ………」


それは、僕が君の片割れだから?


君が不老不死である、理由を知っているから?


「………殺してくれ」


やめてくれ。


そんな顔をした君なんか見たくない。


君は気高くて優しくて、そしてとても強い人。


そんな君の泣く姿なんか見たくないよ。


「セレス………」


名を、呼ばないでくれ。


弱々しい君なんか僕の憧れる君じゃないよ。


そんな目で僕を見ないでくれ。


誰よりも強い存在である君だろう?


誰にでも愛される存在である君だろう?


何故死ぬ必要があるんだい?


「……セレス」


「…………」


五月蝿い。


君の弱々しい言葉なんか聞きたくないよ。


気が付くと僕は彼の体を抱きしめていた。


僕の傍から逃げないように、ぎゅっと強く。


「……何故君は、死のうとするんだい?」


神である君が悩むような事なんて何もないだろうに。


「…この世界が嫌になったんだ」


「……嫌に?」


望めば何でも手に入る君なら、嫌な事だってすぐに解決するはずなのに。


なのに何故、死を望むんだい?


「そう。何も変わらない世界……ただ日々を無駄に過ごすだけの時間。


そんな味気のない世界はもううんざりなんだ……この世界には、生きた屍しかいない」


生きた、屍……?


「…君の言ってる事は遠まわしでよく分からないよ」


僕には、何故君がそう言うのかが理解できない。


何も変わらないからこそ、幸せなのではないかい?


辛い事も、悲しい事もないから幸せなのではないかい?


すると君は口元に薄い笑みを浮かべ、僕の頭を優しく撫でた。


「分からないのなら、いい……。これは俺の我が侭だ。


ただ逃げ出すがこれしか方法が見つからなかっただけだ。……すまない」


「………」


謝るなら、僕に殺せなんて頼まないでくれ。


君の命令は僕達天使にとって絶対じゃないか。


「………どうしても、死ななくちゃならないのかい……?」


別の方法は、ないのかい?


すると君はこう言った。


「ああ。……ずっと悩んでいたんだ。…自分がどうすればいいのかを」


「………」


そして出した結論が、これかい?


「……残酷だね、君は……」


僕に神殺しを頼むだなんて。


君の顔を見ると悲痛そうな面立ちをして、僕を見つめていた。




お前は、俺のたった一人の大切な……」


僕は彼の口を押えていた。


彼が言わんとした事を言わせないように。


……僕が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだよ。


「……僕を、愛している……?」


誰よりもずっと、愛してくれている?


神はすべての人々を愛さなくちゃならない。


でも僕の欲しい愛は、そんなんじゃない。


たった一人のためだけに注ぐ、愛が欲しいんだ。


「……ああ。愛している」


………嘘つき。


皆と同じようにしか、愛してくれてない癖に。


都合のいい時しか兄弟顔しない癖に。


多少苛立ちながら、僕は君に顔を近づける。


間近で見るといつも思うんだ。


君のあまりの綺麗さに、時々苛立つ。


だから皆から愛されているのだろうけど、それでも僕と君は差がありすぎる。


皆に愛されてる、君が羨ましかったんだ。


僕を愛してくれない、君が憎かったんだ。


誰にも心を開かないそんな君が、好きだったんだ。


僕は彼の頬に手をあてるとそのまま無理矢理唇を奪った。


「………!!」


突然の事に驚く君の姿が、滑稽に映った。


「………」


「んっ……っふ……」


深い深い、口付け。


舌を絡ませ、歯列をなぞる。


体の芯から痺れる体の交じり合いの心地よさを僕は知っている。


君とは、交じり合った事なんかなかったけど。


……殺す前に、知っておけば良かったかな。


君の肌のぬくもりを。


君の細かい癖とか、弱い場所とか。


知っておけば、良かった。


「セレス………」


…そんなに弱々しく囁かなくても分かってるよ。


君の願いを叶えてあげる。


誰よりも近い存在の僕だから。


僕は彼の心臓部分に手をあてがった。


彼の体がビクン、と反応する。


だが意を決したのか彼は最後に薄く微笑んだ。


「………ありがとう、セレス……」


お礼の言葉なんか、囁きながら。







「…………」


ふと気が付くと僕の手は赤く染まっていた。


そんな赤い掌に、不思議な石がある。


不思議に輝くその石は、不老不死になれるものだそうだ。


僕はその石を手にし、彼の亡骸をじっくりと見下ろした。


「…………」


一つだったらよかったのに。


僕達が、一つの存在であったら良かったのに。


そうだったら、僕はこんな事せずに済んだ。


君をこの手にかける事だって、しなくても良かった。


こんな風に涙を流す事だって、なかったのに。


「………君の願いは叶えたよ」


彼の心臓から取り出した石を手に、僕は彼の耳元で囁く。


彼は動かない。目を閉じたまま、息一つせず。


それは彼の死を意味していた。


「……君は、幸せになれたかい?」


願いが成就して、嬉しいかい?


「…………」


答える声は、なかった。


ただ沈黙が部屋を支配する。


何の音もしない無音の世界。


僕の孤独感を募らせるものだ。


「………君は、ずるいよ……」


いつも一緒だと思っていた。


どんな時も、いつでも傍にいると。


なのに、君は僕を置いていった。


「………ずるい、よ………」


血色のない頬に透明な雫が落ちるのが分かった。


彼は冷たさに反応して目を開くという事はなかった。


僕は深いため息を吐き、そして彼の頬に手を置く。


そうして言の葉を、紡ぐ。







「………さよなら……」







ずっと、傍にいたかったよ。


光輝く空を、一緒に眺めていたかった。


2人の時を穏やか過ごしたかった。


でも君はもう、この空にはいない。


この空に僕の居場所はない。





だから僕は石を手に、深い深い奈落の底へと落ちた。


新たなる世界を、作るために……。





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