「レンジャク、手繋ごうぜ」



そういって差し出された手を俺は訝しげに見つめる。



手を掴む事なく、俺は言った。



「……何故俺がお前と手など繋がなくてはいけないのだ」



俺はいつものように、愛想なく呟いた。



だがハッカンは気を害した様子も見せずただ手を差し伸ばしながら、笑顔を向ける。



「良いじゃねーか手繋ぐぐらい。はぐれたら困るだろ?」



「他に障害物のないこの空でどうやってはぐれるのだ?」



俺とハッカンはその時空を飛んでいた。



ハッカンが気晴らしに出かけねーか?と誘いに来たのでそれに乗ったのだが。



ハッカンは頭を掻きながら「確かにそうだけどよ…」と一息ついた後



悪戯そうな笑みを浮かべながらそれでも手を差し伸ばす。



「良いじゃねーか。減るもんじゃねーし」



「……誰がそんな話をしている」



「繋いでくんねーと泣くぞ。」



「………」



なんて我が侭な奴なんだ……。



俺と手など繋いでも何もないのに。



大体一体何が目的で手など繋ぎたがるんだ…。



俺はそう思っていたがやがて黙ってハッカンの手をとっていた。



…誘いに乗る理由もなければ断る理由もなかったのが理由だが。



あといい年した男がさめざめと泣く姿など見たくもなかったのも原因だろうか。



どっちにしろ手など繋ぎたかったわけじゃない。仕方がなく、だ。



「……サンキュ、レンジャク」



ハッカンは屈託ない笑みを俺に向けるとそのまま遥か彼方の空を見つめた。



俺もつられてそのまま遥か先の空を見上げる。



「………」



果てしなく続く青空は綺麗だ。



だが時々、この青空が酷く怖い時がある。



青空には人を引きつける「何か」がある。



その「何か」は俺自身もよく分からないが今ほど青空を憎んだ事はない。



「………気持ち良い風だな」



「……ああ」



俺はそう愛想なく呟くとハッカンは苦笑しながらずっと青空を見つめている。



「…………」



散歩に出かけるといつもこうだ。



ハッカンはいつも遥か先を見つめている。



掴み所のない人物だと思っているのだが



一緒にいる時はさらに掴み所がないように思えるのは気のせいだろうか。



その瞳に俺が映る事はない。



(……何を馬鹿な事を考えているのだ……)



今思っていた俺の考えはただの我が侭だ。






だが…あの日からだろうか。こんな事を思うようになったのは。



初めてハッカンと体を重ねた日から、おかしくなったのだと思う。



独占欲、というものだろうか。そんな感情が芽生え始めた。



ハッカンを縛り付けるだけの愚かな感情だと、思う。



だがどうしても…今のようにこんな事を考えてしまうのだ。



(……馬鹿だな、俺は……)



そんな事を思考していた、その時。



「……レンジャク」



突然ハッカンに声をかけられた。



「ハッカン、どうかしたのか?」



いつの間にか俯いていた顔を上げた刹那。



「んっ………」



ハッカンと目があったと思うといきなり唇を奪われた。



唇に軽く触れるだけのキス。



ほんの短い時間だったにも関わらず長く感じてしまう。



やがてゆっくりと唇が離れるとハッカンが俺の髪を優しく撫でながら囁く。



「……指先震えてたぜ、さっき……」



「………さっき?……っ!」



ずっと握ったままの指先を見つめハッと気が付く。



ハッカンのいうさっきとはおそらくキスをする前の事だろう。



ただ黙って思考していたつもりだったのだが微かに震えていた、とハッカンは言う。



「…デート中ぐらい俺の事だけ見てろよ。じゃねーと何も考えられねーぐらいすげー事すんぞ?」



「…………ここでか?」



ハッカンの言う「すげー事」の意味合いを理解して俺は問う。



こんな青空で凄い事など出来るはずがないだろうという嫌味も含まれていたのだが。



「ここで」







「………」



ハッカンならやりかねないと思ったので黙って従う事にした。



「……分かった。何も考えない。…黙ってお前だけ見つめれば良いのだろう?」



俺は言葉に嫌味を含ませながらそう言った。



ハッカンも嫌味に気が付いたのだろう。だが気付いていないような素振りでにこりと笑った。







「そういうこった。」



「………」







何か霧消に苛立つのは気のせいだろうか。



だが言葉にはせずただ黙ってハッカンを見つめた。



ハッカンは再び遥か彼方の青空を見つめている。



(…………まただ)



刺が刺さったかのような痛みが胸に突き刺さる。



俺だけ見てろよと言うのに肝心の本人は俺を見ようとしない。



遥か彼方の先を見つめるだけだ。







(……卑怯だ)



相手には求めて自分だけやらないのは卑怯だ。



俺はそう思いながらハッカンを見つめていた矢先。



ふと、握り合っていた手が強く握られたのが分かる。



「………?」



指先を絡め、俺の手を強く握る。



(………気付いているのか?)



俺が何を考えているのかが。



俺の心を見透かしているとでも言うのか?



「…………」



おそらくそれはないだろうが不安を感じているのは何となく分かるのだろう。



(やはりこいつは…卑怯だ……)



握られた手から伝わる体温を感じながら俺は目を閉じる。



握られた手はとても暖かく落ち着く。



心地よいと思ってしまうのがどうも解せないがそれでも安心してしまうのだ。



俺は黙って指先を動かした。






俺からはハッカンの表情は見えない。そしてハッカンが何を考えているのかも分からない。



だから指を絡ませるのだ。



肌が触れ合う事で素直に言葉を呟けるのなら。



俺はぎゅっと手を握りながら、素直にゆっくりと言葉を吐いた……。



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