『腹いっぱい食いたいな、ファラのオムレツ。』






帰ろう。ラシュアンへ。






2人の場所へ―












グランドフォールの1件から、約1ヶ月経った頃。
リッドはラシュアンに戻り、猟師として生活していた。
何も変わらない、だたゆっくりと時間が流れる今の状態は
まるで何事もなかったかのようだ。
時々、あの事は夢だったのではないかと思う。
でも確かに頭の片隅にはあの時の記憶が残ってるし、
何よりファラがよくキールやメルディの話を持ち出す。
だから夢ではないのだ。
あの長い長い旅路は。






ある日の事。
ファラが今晩晩飯を作ってくれると言ってくれたのでリッドは彼女を家に呼んだ。
ファラの家でも良かったのだが何故だか自分の家が良いなどと言ってしまったのだ。
ただ出かけて家に戻るのが面倒くさかったのかもしれない。
…そう思う事にした。
「ファラー飯まだかー?」
「もうちょっとで終わるよー。ちょっと待っててね」
ファラはそういって作業に戻る。
自分の家の台所で調理をしているファラを見て、リッドはふと思う。
(……なんかまるで新婚みたいだよなぁ…)
自分とファラはそんな関係ではないのだが、端から見たら
こうして料理を作る彼女の姿はそんな感じに見える。
「………」
何考えているんだろう、と思いながらリッドは頭を掻く。
ファラが自分に対して幼馴染以上の感情を持ち合わせているわけないのに。
自分の一方的な想いしか、ないのに。
それでも何故か期待してしまうのだ。
男の部屋に無防備に入ってるファラに。
(……俺は変態か)
そんな自分に叱咤しながらリッドはテーブルに打ちふす。
煩悩をかき消すかのように頭を大きく振った後リッドは黙って料理の完成を待った。
そうしているうちに煩悩はどこかへ行き、食欲が勝っていった。

ぐぅ〜……。

お腹が情けない音を出した。
「………ファラ、まだか?」
ついに耐え切れなくなったのかリッドはファラの後姿を見つめる。
ファラはフライパンを片手に「もうちょっと待っててね」と言った。
台所からは卵の焼けた匂いが漂っていた。
その匂いから卵料理である事が分かった。
卵料理といえば。
「……今作ってるのオムレツか?」
「あ、よく分かったねリッド。正解だよ」
「…ファラの得意料理だからな」
そう言ってリッドは旅の終わりにファラに言った言葉を思い出す。
リッドはファラのオムレツを沢山食べたいと言った。
おそらくそれを憶えていたのだろう。
こういう事には細かいよな、と思いリッドは気付かれないように苦笑した。
その苦笑には『憶えていてくれて嬉しい』という気持ちもあった。
フライパンと格闘しているファラの後姿を見て心の奥底から温かい気持ちが流れた。
その気持ちの正体に気付きながらもリッドはただずっとファラの姿を見つめていた。












「はい、完成ー」
ファラは皿を持ってリッドが待つテーブルへと向かった。
リッドは「おおっ!!」と嬉しそうな声を上げると
待ってましたとばかりに顔を笑みにする。
オムレツの卵はふんわり柔らかそうで見ているだけでもよだれが出そうだった。
「さすがファラだな!うまそーだ!!」
「褒めすぎだってば、リッド」
ファラは照れながらケチャップをリッドに手渡した。
ケチャップを受け取り、リッドはオムレツの上にぶっかける。
使い終わったケチャップをファラに手渡し「さんきゅ」と言いながら笑みを浮かべる。
「いやいや、褒めすぎ所の話じゃねーって。すんげー上手いって!
将来ファラの旦那さんになる人は幸せだろうな〜」
「……えっ?」
思わず呟いたその言葉にファラは反応した。
呆気に取られた所為か。

べちょ。

「……あ」
「あー……」
手渡すはずだったケチャップが床に落ちた。
床には少量の赤いケチャップが零れてしまった。
「ご、ごめんねリッド。今すぐ拭くから…」
そう言ってファラは布巾をとりに行こうとする。
その時、リッドは何かに気が付いた。
「ファラ、ちょっと待て」
「え、な、何リッド…?」
心なしかファラは動揺しているようにも見えた。
だがリッドは構わずファラの手首を掴む。
突然手首を掴まれ驚いているファラに説明もなしにリッドは手を見つめる。
そして右手の人差し指に口をつけた。
「ひゃっ……」
リッドはファラの指を舌で舐めていた。
赤い液体がついていたその指を丁寧に舐める。
「………リ、リッド…」
恥ずかしそうにファラが咎める。
だがリッドは行為を続けており、口から舐める音が聞こえた。
びく、とファラの体が反応したのに気が付きリッドはハッとする。
(……や、やべぇ…)
これ以上続けると変な気分になりそうだ、と思い
リッドはまだケチャップのついた指から口を離す。
ちらりとファラを見ると顔を赤らめながら自分を見つめていた。
その視線に気まずさを覚えつつリッドは慌てて少し距離をとった。
「け、ケチャップが手についてるのに拭いたらまた床につくから…
だ、だだだだから舐めてやったんだよ!!」
動揺が言葉に出てセリフを噛んでしまう。
リッドもファラと同じく顔を赤らめていた。
先ほど言った理由は本当の事だったがこうしているとまるで
やましい事を期待してからやったように思える。
「………」
「………」
沈黙が重くのしかかった。
(ま、まさか疑われてんのか……?)
ファラの顔をちらりと見るとファラは顔を赤らめながら先ほど
舐められていた指を見つめていた。
「………」
言葉はない。
(……で、でも俺嘘は言ってねーし…)
このまま笑い飛ばす事だって出来たがそれは出来そうにもなかった。
彼女を幼馴染以上と思っている限りは。
「……リッド」
先に口を開いたのはファラだった。
「な、何だよファラ?」
なるべく動揺している事に気付かれないように、リッドはおそるおそる聞いてみた。
するとファラはいつものように笑顔をリッドに向けた。
「…心配してくれてありがと」
そう言った後布巾を取りに台所へと向かってしまう。
リッドはそんな幼馴染を不思議そうに見つめた。
「………ふぅ」
ほっとした気持ちもあるが内心少しガッカリしていた。
実際彼女を幼馴染以上の存在と見ているのは自分だけか、という気持ちが。
(……なんかドキドキしてた俺が馬鹿みたいだな…)
ため息を吐くとファラは台所から布巾を持ってきた。
そして床に散らばったケチャップを拭き、いつものように会話をしながら食事をした。
まるで何事もなかったかのように、振る舞っていた。












「そんじゃ、気を付けてな」
「うんっ!今日はゴメンね、ケチャップ駄目にしちゃって…」
「あーいいよ。また買えばいいんだし」
先ほどの事を思い出したのかリッドは少しドキ、としたが
ファラが普段のように振る舞っていたので感情を押えながら言葉をかけた。
「…それじゃ、またね」
「…ああ」
そう言ってファラを送り出そうとする。
だがファラはその場から一歩も動かなかった。
ファラはリッドの顔を見ながら唸っていたが
やがて顔を赤らめながらスッと手がリッドの頬に伸びた。
「……ファラ?」
行動が読めず、リッドが不思議そうにファラを見つめていると。
「……ん」
「……!?」
気が付くとファラはリッドの唇付近に舌を這わせていた。
何かを舐めとるように、舌を丹念に動かしながら。
(えっ……な、何で………!)
ふとリッドの目にファラの舌が映る。
ファラの舌を見ると赤い液体がついていた。
どうやらケチャップのようだ。
先ほどオムレツを食べている時にでもついたのだろうか。
「…………ぁ」
リッドが落胆した声を上げたその時。
「……大好きだよ、リッド…」
聞き取るのが難しいぐらい小さな声でファラが耳元で囁く。
「…………」
リッドがその言葉を聞き放心しているとファラがゆっくりと体から離れていった。
へへ、と舌を出しながら少しはにかんだ笑みを向けていた。
「それじゃあ私もう帰るね。また明日」
そう言い、手を振りながらファラは足早に立ち去ってしまった。
「………」
1人その場に取り残されたリッドはしばらくその場で固まったように動かなかった。
驚いた。
ファラの行動に。
そしてあの言葉に。
「………マジで?」
姿が見えなくなった方向に言葉を投げかけた。
だが返事が返ってくるはずなどない。
「…………」
リッドはどさっと扉の前で座り込んだ。
そして俯くとさっきファラが言った言葉を思い出す。

『……大好きだよ、リッド…』

「………って」
俯いていた顔を挙げ空を見上げる。
空には満天の星が浮かんでいた。
白い白い星。
その星に向かってリッドは思わずぽつりと呟いた。
先ほど彼女に言ってやれなかった言葉を星に向かって呟く。
心の奥底に深く沈んでいた言葉を紡ぎだす。






「……大好きなんだ……お前が…」





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