カタカタカタ……
キーボードを打ちながら鈴凛は薄暗い部屋でじっとパソコンのモニターを見つめる。
彼女が見ているのはインターネットオークションのページ。
パーツの掘り出し物が安く出ていないだろうか。
そう思い定期的にチェックをしながら安いものを探しているのだが。
(……どれも高いなぁ。)
モニターの向こうのパーツの写真とその値段を見ながら小さくため息をつく。
ごく稀に掘り出し物とも思わしきものがあるのだが今日はそれがなかった。
仕方が無いので鈴凛はページを閉じ、メールのチェックをし始めた。
「…………」
本日のメール件数は0。
……何故だかよく分からないがメールが来ないと妙に寂しくなってしまう。
だが妙な広告メールなどが来ても嬉しくとも何とも無いので
この言い方は間違ってるかもしれない。
…鈴凛がメールを欲しい相手は唯一人。
学校の友人からのメールやネットで知り合った友人から来るよりももっと嬉しいもの。
それは鈴凛の大切なアニキだ。
鈴凛とアニキは兄妹だ。小さい頃、一緒に暮らしていた事がある。
しかし親の事情で兄と別の家に引き取られ、そして今現在にいたる。
鈴凛や他の妹達と兄はほんのごく稀にしか会う事が出来ない。
それがもどかしくて暇さえあれば妹達は兄の下へ駆けつけるのだが。
鈴凛もそんな妹達の1人であり、兄を慕う12人の妹の1人。
メカが大好きで自分そっくりなロボットさえ作れる技量を持つ。
だが凄い発明をするせいかパーツ代などが足りなくよく兄に資金援助を求めるのだった。
いつも嫌そうな顔一つせず資金援助をしてくれるアニキ。
鈴凛はそんなアニキが好きだった。
無論、資金援助してくれるから好きというわけではない。
もっと別の次元で好きなのだ、兄の事は。
だけど正直にそんな事を言うのは正直恥ずかしい。
他の妹達のように心のまま言葉を言うのは鈴凛にとって凄く難しいな、と思う。
…何というか、自分の柄じゃないような…そんな気がした。
(………何だか乙女すぎるかなぁ…?)
兄のメールを待つ鈴凛の姿は端から見たらただの恋する乙女に見えるだろう。
鈴凛本人にはそんな気はなかったのだが自然とこんな風になっていた。
兄からメールをもらえた日は嬉しく思い気分も乗るが
兄からメールさえこない日は寂しく感じてしまう。
…毎日会ったり、メールが届いたりしたら良いのになぁ、と鈴凛は思う。
「………」
だが兄だって事情があるのだ。
忙しくてメールが見れなかったり、会ってくれなかったりする場合があるだろう。
だからこの願いは我が侭だと鈴凛自身も思う。
…だけどどうしても願ってしまうのは一体何故だろうか。
「………」
新着:0件という文字を眺めながら鈴凛はふと何かを思いつく。
…またメールを送ってみようか。
そう考えた直後(…どんな理由で?)と考え頭を使って考えてみる。
だがたいした理由も思い浮かばず「寂しいから会いに来て」というのも
ただ兄を困らせるだけだろう。
…なのでこの提案は却下だ。
「………」
寂しさを憶えながらも鈴凛はメールソフトを開いていた窓を閉じる。
そうしてやる事がなくなったのでパソコンの電源を落とし、眠りに着く事にした。








「………」
月明かりが部屋を照らしていた。
今日は部屋が真っ暗でなくて良かったな、などと思いながら鈴凛は目を閉じる。
こんな想いをしている時には少しでも光があった方がいい。
…真っ暗な部屋だときっと寂しさをますます募らせてしまうから。
だから満月である今日は、少しだけその寂しさも和らいだ。
「………」
だけど本当に少しだけ。やはり寂しさは消す事が出来なかった。
何だか意識が冴えていて眠れなかったので鈴凛は寝返りを打った後、色々と考える事にした。
あえて兄の事は考えないで起きたかったのだがやはり寂しいのか兄の事を考えてしまう。
……アニキは今どうしているだろうか。
(…あたしと同じで、月なんか見ちゃってるかなぁ…)
だけど兄の事だ。もうきっと寝ているだろう。
そう思うと何だかますます切なくなってしまう。
「………アニキ」
ぽつりと小さな声で兄の名を呼ぶ。
そうしてふとここ最近兄に会ってもいないし、メールもしていないなぁと思い出す。
…そう思うと頭の中で嫌な想像が沸き起こる。
「……あたし、忘れられてるのかなぁ……」
それとも嫌われているのだろうか。
…だからメールを送っても返事が来ないのだろうか。
そう思うと悲しくなってしまう。
鈴凛は兄がいないと生きていけないとまで考えているのに、兄の場合違って…
鈴凛なんていらないと思っているかもしれない。
(…そうだよね、お金をせがむし…可憐ちゃん達と違って可愛いってわけでもないし…)
他の可愛い妹達と一緒にいる方がきっと兄にとっても良いだろう。
…そう思うと何だか自分の存在って何だろう、なんて思う。
が、そんな事思ってもどうせ生きている事には変わりないのだし
自問しても仕方が無いと結論を出した。
…どうせ、必要ないと思われていても生きていくしかないのだから。
「………」
そうやって考えながら再び寝返りをうつ。
そうしてふと視線を捕らえたのは小さなメモリー。
パソコンの解体を途中で放棄していたので床に置きっぱなしだったのだろう。
朝気付かずに踏みつけてはいけないと思い鈴凛は腰を上げ、そのメモリーへと近付く。
そうしてパソコンの部品であるメモリーを買った時に入ってた袋の中に入れた。
「…………」
しばらくしたらベットに戻るかと思いきや、鈴凛はしばらくの間ずっとメモリーを見つめていた。
その見つめる視線はどこか辛そうで。今にも泣きそうな表情だった。



メモリー。



メモリーとは記憶、思い出、記念といった意味があるという。
パソコン用語では記憶装置の事。
そんなメモリーを見つめながらふと鈴凛は無意識的に小さく呟いた。
「……アニキにも、メモリーがあったらいいのに……」
そう呟いてから自分でも何を言っているんだろうと後悔した。
何故こんな事を言うのだろうか。
…人間は忘れやすい生き物だから。だから欲しいのだろうか。
絶対的に自分を忘れないものを、求めているのだろうか。
(……あたし、馬鹿みたい……)
だけどこの考えは少なからず鈴凛に影響を及ぼした。
…アニキに自分を忘れないでいて欲しい。
がめつくて嫌な妹かもしれないけど、それでも兄にだけは鈴凛という存在を憶えていて欲しい。
鈴凛は将来留学する道を考えている。
…留学して遠い場所に行ったら兄はしばらくもしたら忘れるだろう、自分の事を。
(…嫌だ……!!)
その時の鈴凛は何か恐ろしいものに境遇したような表情をしていた。
しかし鈴凛には幽霊に会う事よりも恐ろしい。
…兄に忘れてほしくない。
そう思った矢先鈴凛は部屋の明かりをつけ、急いで机に向かう。
そして鉛筆を持ちすらすらと設計図を描き始める。
普段の倍以上に早く仕上がったような気がした。
そうして設計図が完成すると鈴凛は嬉しそうに表情を変えた。
…設計図を見てこれなら兄も自分の事を忘れないだろうと確信したのだ。
「……出来た、メカ鈴凛の設計図……」
咄嗟に考えたわりには完成度が高いと自分自身も思った。
鈴凛はメカ鈴凛という鈴凛そっくりなロボットを作って
それを兄にプレゼントしようと思ったのだった。
…そうすればきっと兄だって例え自分が留学しても忘れない、そう思ったから。
「……早く作らなきゃ」
留学する時期はまだ考えてはいないが早めに作っておきたい。
なので鈴凛は近くにあった部品を使ってその日の夜からメカ鈴凛を作り始めたのだった。




…忘れられたくないから。
鈴凛という妹の事を覚えていて欲しいから。
鈴凛は懸命にメカ鈴凛を作り始めた…。

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