バレンタイン。それは好きな人にチョコと共に気持ちを伝える日である。
そう、大切な人にチョコをあげる日。
というわけで女の子達はこの時期になると妙にそわそわしているものだ。
男性ももらえるかどうか心配してそわそわしているものもいるのだが。
そんな季節に、スタン達一行はとても重大な問題が起こっていた。
……実際にはスタンとリオンのみだが。
それは2月14日の事だった……。








「リオンー」
カンカンカン………
「………」
「リーオーンー」
カンカンカン………
「………」
(五月蝿い……)
スタンの名前連呼に呼ばれた本人―リオンは頭を抱えた。
ここは宿屋の食堂。旅人のみならず町に暮らす住民達も多い場所なのだが。
先ほどから食道にいる大勢の人々にクスクスと笑われている。
中にはこちらを睨みつけている人もいる。
理由は目の前の男―スタンの名前連呼とスプーン強打なのだが。
「リオンってば〜。聞いてるのかよ〜」
鉄製のコップをカンカン鳴らしながらスタンが文句を垂れる。
「スプーンでコップを叩くな。見っとも無い」
「……分かってるけどさ……それでも俺、欲しいんだよ」
「…………」
リオンはカップの中に入っている紅茶を飲みながら耳を傾ける。
スタンもグビ…と紅茶を飲み干すと再び言葉を続けた。
「俺もあげるからさ……リオンからも欲しいんだ」
「……何故僕がお前にやらねばならない?」
「俺が欲しいから」
馬鹿正直に本音を言うスタンにリオンは深いため息を吐いた。
(我が侭な奴だ……)
何故こうも自分からチョコを貰いたがる意図がリオンには理解できない。
バレインタインデーなどリオンにとってくだらない行事にすぎない。
だが何故こうもスタンや他の連中は騒いでいるのだろうか。
「……」
考えても考えても理由がいまいち掴めない。
リオンは紅茶を啜りながらちら、とスタンを見つめる。
先ほどの深いため息の意味が何となく分かったのか落ち込んでいるように見える。
暗いオーラを出しながらスプーンでコップを叩く姿はとても無気味だ。
よほど欲しいのだろうか。
(………)
そう思うとどうも恥ずかしい。
そもそも贈り物なんてダリルシェイド王などへの献上物などぐらいしか送った事がない。
個人的な贈り物といえばマリアンに色々と送ったものだが。
送っても送られる事のないリオンにとってスタンが邪な理由でも「あげる」と
言ってくれた事が凄く嬉しかった。
が、こんなに情けなく欲しい欲しいと騒がれるとどうもあげる気がそぎれる。
「しつこいぞスタン。…チョコなど馬鹿女かフィリアにでも貰えば良いだろう?」
ルーティはどうか知らないがフィリアは「皆さんに差し上げますね」と予告していた。
確実に貰えるのならば自分にも求める事はないと思うのだが。
だがスタンはその言葉を聞くと辛そうな顔を浮かべた。
「――――」
そのスタンの表情に驚いた、刹那―
ガタ、と椅子から立ち上がる音がしたと思うとスタンが立ち上がっていた。
多少俯きながら、弱々しい声で呟く。
「俺はリオンから欲しいんだよ……」
体を震わせながら、今にも泣きそうな表情で言葉を続ける。
「好きな奴から欲しいって…普通そう思うじゃんか……」
「………」
返す言葉が見つからない。
しばらく黙ってスタンを見つめているとやがて彼は
リオンに顔を見せないようにくるりと振り返り、歩き出す。
扉へと向かう途中、スタンは一旦止まってボソリと呟いた。
「……やっぱりいいや。…あげたくないんなら仕方がないよな…」
そう呟いた彼はいつものように明るい声だった。
だがその声に寂しさが感じられるのは気のせいだろうか。
スタンは扉を開き、そのまま食堂から立ち去った…。





「……分からないな」
1人食堂に残されたリオンは独り言を呟く。
何故あれほどまでに自分のチョコに執着したのだろうか。
スタンならば色んな奴からもらえるであろうに。
それなりに強くて、人望もあって、…顔も悪くはない。
沢山の女性から貰えるはずなのに、何故自分にチョコ頂戴と言うのだろうか。
(……あいつの考えている事は理解不能だ……)
しばらく王の命令でこうやって一緒に行動しているがスタンの考えは読めない。
突拍子もない事を突然言い出すし、何より純粋すぎる。
世間慣れしてないのかズレた反応をする事もあるし、とてつもなくお節介だ。
こんな人物、初めてだ。
「…………」
行動の読めない相手の心などなおさら分かるわけがないだろう。
リオンは紅茶を飲み終えた後、辺りに聞こえないぐらいとても小さな声で囁いた。
「シャル」
『はい、坊ちゃん。何でしょう?』
名を呼んだ相手は天地戦争時代の遺産の武器であり、
自分にとって無二の存在、ソーディアン・シャルティエだった。
「シャル…先ほどの騒動聞いていただろう?」
シャルを呼んだ理由はもちろんスタンの事。
聞いてはいただろうがとりあえず確認してみる。
『はい、スタンさんの事ですね。…彼の気持ちなんとなく分かるなぁ』
「……?分かる、だと?」
シャルティエから予想もつかなかったセリフを聞きリオンは眉を潜めた。
シャルティエは『あ、えっと……』と言葉を濁した後やがて照れながらぼそりと呟いた。
『僕も坊ちゃんから貰ったら嬉しいなーって思いますし…
やっぱり好きな相手から貰えるのは嬉しいですよ。坊ちゃんはそう思いませんか?』
「……………」
好きな相手から―


『好きな奴から欲しいって…普通そう思うじゃんか……』


先ほどスタンが言っていたあのセリフ。
そんな理由でチョコが欲しいと言っていた彼。
だがリオンにはやはりよく分からない。
「……僕など、好きになってもつまらないと思うのだが…」
自分を想ってくれる人物に何もする事が出来ないであろう自分を、
好きになっても面白いとは思わない。
だからそう呟いたのだが。
『何言ってるんですか坊ちゃん!!坊ちゃんはつまらない人物じゃないですよ!!』
リオンの消極的な言葉にシャルティエは大きな声で強く否定した。
ちょっと熱くなった自分に反省しシャルティエは『すみません…』と謝罪を述べると
今度は落ち着いた様子で、優しく呟いた。
『面白いとか面白くないとか…そんな理由スタンさんは考えてませんよ、きっと。
あの人は純粋な気持ちで、坊ちゃんの事を想っているんですから……』
「…………」


『俺はリオンから欲しいんだよ……』


あの言葉が、答えだと言うのだろうか。
好きな相手だから欲しいと、スタンは言っているのだろうか。
好きになっても面白いとか面白くないとか考えずに、あいつは―






「……馬鹿め…」
聞き取れないぐらい小さな声でリオンは呟いた。
その呟きが聞き取れず聞き返そうとしたシャルティエを遮るかのように
リオンはガタ、と椅子から立ち上がった。
『ぼ、坊ちゃん。今何て……』
だがリオンは答えず、店員に会計を済ませるとそのまま黙って食堂から立ち去った。
外に出ると日が傾いており、遠くから薄暗い闇が近付いている。
(……急がねば…な)
早くしないと今日が終わってしまう。
リオンはシャルティエの言葉を遮りながら、駆け足で街を駆け巡った…。









「ぐすっ………うう」
夜、宿屋の一室でスタンはベットの上で枕をきつく抱きしめながら涙をぼたぼた流していた。
涙の理由は昼間のリオンとの会話を思い出して、だ。
(俺……リオンから欲しかったのに……)
そう思うと涙がとめどなく溢れてくる。
ちら、とベット近くのテーブルを見やるとチョコが6個ぐらい散らばっていた。
それはルーティとフィリア、マリーから貰ったチョコなのだが…。
「……リオンのが欲しい……」
チョコの包みを見るとますます落ち込んでしまう。
よってスタンは黙って枕を見つめる事にした。
そうしてしばらく泣いていると、ふと隣のベットを見つめる。
(……リオン、遅いなぁ……)
本日の部屋割りはスタンとリオンが同室であった。
なので寝る時にはこの部屋に帰ってくるはずなのだが…。
(遅い……)
あまりに遅すぎるので不安になる。
チョコを渡された際、ルーティ達にもリオンの分は貰っておいた。
その理由が「何処探しても見つかんないのよね〜…」だったので渡すよう頼まれたのだが。
(……つまり俺と会った後、誰もリオンの姿を見てないって事になるんだよな……)
そう思うと悪い想像ばかり頭をよぎる。
例えばモンスターと会って瀕死の状態になっているとか。
近くのチンピラに絡まれてそのまま誘拐されたとか。
リオンの強さは分かってはいるのだがどうしても不安になってしまう。
「ああ〜……早く帰ってきてくれよ、リオン〜……」
枕をぎゅっと抱きしめながら帰りを待っていた、その時。








キィ………


「!!リオン!!」
スタンは枕を放り投げ、扉の方へと走り出す。
そうして扉を見ると待っていた人物、リオンが姿を表していた。
「……どうかしたのか?そんな慌てて……」
慌てて出てきたスタンを不思議そうに見つめながら、リオンが呟いた、刹那。
「リオンー!!」
がばっ。
「うわっ……」
どさっ……と押し倒された音と、パリ…と何かが割れた音がした。
だが2人共音には気付かず、リオンはスタンの過激な再会の仕方に身を任せていた。
「リオン〜!!会いたかったよー!!帰りが遅いからてっきり誘拐でもされてるのかと…っ」
ぎゅーっとリオンの細い体を強く抱きしめながらスタンは目元に涙を溜める。
その涙を手で拭いながらリオンは深いため息をついた。
そしてスタンの頬を強く抓る。
「…誰か誘拐などされるか、馬鹿」
「いっ……いたたっ…ふぉふぉふへふはほ〜!!」
頬抓るなよ、と言いたいのだが抓られているので言葉が上手く出ない。
やがて抓っていた手を解放するとリオンはスタンの肩を押し、どかせようとした。
「……重い、どけ」
「あ、ごめんリオン…。」
さすがに激しく感動しすぎたか…と反省しスタンは素直に言葉に従う。
ゆっくりと起き上がるとリオンは腰元にかけてあった布袋を手にとり、中を弄る。
「?何か入ってるの、リオン?」
リオンの行動を目にし、スタンは首をかしげる。
だがスタンの疑問には答えず、リオンは袋の中に手を這わせる。
「………あった」
やがて探していた物が見つかると、リオンはぶっきらぼうにスタンに差し出す。
「…やる」
「…え?」
差し出された物に視線を向けるとそれは綺麗にラッピングされた箱だった。
箱の上に張ってあるシールには「S.t Valentine」と書いてあった。
と、いう事は。
「……リオン、これって……」
チョコではないか、と言おうとしたがリオンに言葉を遮られる。
「渡さなきゃ、しばらく愚痴愚痴言われると思ったのでな。…他意はない」
そう呟いたリオンの顔はどことなく赤く見えた。
スタンは惚けたようにチョコの箱を見つめた後、いてもいられずに素早くチョコの包装をとった。
そして包装をとった後、スタンが「あ」と短く呟く。
「……?どうかしたのか?」
驚いた様子でチョコを見つめているスタンを不思議そうに見つめた後、リオンもチョコを見る。
するとそこには破片となっていたチョコがあった。
「………」
リオンは黙ってチョコを見つめ、何故こうなったか考えてみる。
確か部屋に入る前、チョコを確認した時にはチョコは割れていなかった。
となるとこの部屋に入ってから割れたという事になる。
部屋で割れたとなると考えられる理由は一つしかない。
「………」
「…なんで割れたんだろうね…?」
スタンが呑気に呟いた、刹那。
「お前が急に抱きついてきたから割れたんだ!!」
シャルティエをスッと取り出しスタンのいる位置に向かってブン!と振り下ろす。
スタンは間一髪の所で交わし、壁によっかかりながら首をぶんぶんと振る。
「お、俺が悪かった!!悪かったから抑えてリオン!!」
「僕が折角買ってきたというのにお前というやつは……覚悟はいいんだろうな?」
リオンの目は真剣そのものだった。
身の危険を感じスタンは「えーっと…えーっと…」と頭を整理すると彼にかける言葉を見つけた。
「!!たっ…食べられるから良いじゃないか!!俺ちゃんと食べるよ、うん!!」
それ以外に言葉が浮かばずスタンは必死に頭を下げながら謝った。
そんなスタンを冷静に見下ろすとリオンはシャルティエを腰元へと戻した。
「……責任もって食べるんだな」
「………うん」
スタンはほっと胸を撫で下ろし、起き上がるとベットの方へと戻った。
立っているのも何だと思い、後に続くようにリオンも自分のベットへと腰掛ける。
そうして黙って部屋を見渡すとテーブルの上にあった沢山のチョコを目にした。
「………」
思わずムッっとなる。
「…これはお前が貰った物か?」
苛立ちを含みながら嫌味ったらしく問うたリオンにスタンは気が付かず
いつものように笑顔で笑いながら返事を返した。
「いや、リオンの分もあるよ〜。ルーティやフィリア、マリーさんから貰ったやつだから」
「………そうか」
どっちにしろ貰ったんじゃないか…と思いながらもリオンは黙ってそのチョコの箱を見つめる。
そうして眺めているとスタンの「頂きまーす」という声が聞こえてきた。
リオンは思わずスタンの方を見つめる。
スタンは粉々になったチョコの欠片を口元へ運ぶともぐもぐ…と味わった。
そうしてごく…と呑むと自分の方に向かって幸せそうに笑顔を向ける。
「うん、美味しいよリオン!くれてありがとう!」
満面の笑みを目にし、リオンはぱっと視線を逸らした。
「…別に僕が作ったものではないから…美味しいと言うなら工場の生産者に言うんだな」
恥ずかしそうに俯きながら、ぶっきらぼうに呟く。
「そりゃそうかもしれないけどさ…俺、リオンから貰ったのが嬉しいんだよ。
だから美味しい物がますます美味しく感じるんだし……だからリオンに有難う、だよ」
純粋に、無邪気に言うスタンを見つめながら思わず心臓がどくん、と鳴る。
顔が火照っていくのが分かる。
「………ふん」
表情の変化に気付かれないようにそっぽを向きながら、呟く。
スタンは幸せそうに欠けたチョコを頬張ると何かを思い出し「あ」と短く叫ぶ。
視線をスタンに戻すと彼はベットの下に手を伸ばしていた。
一体何を…と思っているとやがて見つけたのかスタンが「よっと…」と手を戻す。
そうして取り出した物は小さな箱だった。
それで何かを察し、リオンは黙って答えを言う。
「…お返しか?」
「うん。俺もあげるからって言ってただろ?だからはい、チョコ」
リオンにゆっくりと近付くとスタンは箱をリオンの目の前に差し出す。
黙ってそれを受け取るとスタンは勝手にリオンの隣に腰掛けた。
「……何故隣に腰掛ける」
不信なスタンの行動にじー…と睨むとスタンは冷汗をかきながら笑みを浮かべてこう言った。
「…俺も食べたいなー…とか言っちゃ駄目?」
「…………」
それが目的か…と思うと自然とため息が出てくる。
だが嫌がる理由もないので箱からチョコを取り出しスタンに手渡す。
だがスタンは「あ、ちょっとリオン…」と何か言いたそうに声を掛けた。
「……これ、ポッキーなの分かるよな?」
「…ああ、分かるが?」
それがどうした?と付け加えながらリオンは不思議そうにスタンを見つめた。
スタンから貰ったチョコはポッキーだった。
シンプルな初期の赤いパッケージのものでリオンもポッキー自体は結構好きな方だ。
そのポッキーが欲しいと言うのであげたのにまだ何かあるのだろうか。
そう思っていた矢先、スタンが笑顔を浮かべながら呟く。
「端っこから食べ合いっこしたいな〜……なんていったら怒る?」
「………貴様は馬鹿か!?」
これを選んで購入したスタンの意図が分かり、リオンは顔を真っ赤にしながら激怒する。
端っこから食べあうという事はつまり、最終的にはキスする事になるのだ。
最初からそれが狙いだと思うと無償にムカつく。
リオンはスタンの頭についているティアラの電流のスイッチを取り出し、押そうとする。
「じょ、冗談だよリオン!!軽いジョークじゃないか!!」
慌てながら首をぶんぶん振るスタンを見やり、リオンはスイッチを隠す。
邪な考えでチョコを食べようというスタンのやり方は正直言って飽きれてくる。
だが、何故だか…今日は咎める気にもなれなかった。
「…キスがしたいならしたいと言えば良いだろう…馬鹿かお前は」
「……え?」
予想だもしなかった言葉をリオンの口から聞きスタンは一瞬耳を疑った。
だがリオンの腕が自分の背中へと回されるのを見、急に顔が火照ってくる。
スタンの顔が真っ赤に染まりリオンは思わず苦笑した。
「だ、だだだだだだだっていつもは「したい」…って言ってもさしてくれないじゃんか…」
物凄く動揺しながら言葉を吐き出した彼を上目遣いで見つめながらリオンは返事をする。
「確かにそうだが……こんな遠回しな事をされる方が僕は気に食わない。」
「そ、そっか……」
気に食わないと言われてしまい思わずしょんぼりとしてしまう。
だが、意を決したのかスタンは勇気を振り絞って言葉を吐く。
「………俺、リオンとキス……したい」
ぎこちなくリオンの背中に手を回ながら言ったその言葉にも動揺が感じられて。
(………馬鹿正直なやつ)
リオンはそう思いながらも黙ってコク、と頷いた。そうしてゆっくりと目を閉じる。
スタンは緊張した面持ちで体を震わせながらも意を決し、顎を上げさせ顔を近づける。
「…………」
間近で見るリオンの顔はとても綺麗で。
思わずそのまま黙って見とれていたかったが待たせるわけにはいかない。
顎を掴みながらゆっくりと唇と唇を重ねあった…。






「………」
「……へへ」
キスが終えると2人は黙ってチョコレートを食べていた。
リオンが持ってきたチョコレートも一緒に食べながら適当に雑談していたのだが。
「……へらへら笑うな。無気味だぞ」
先ほどから気になっていた、スタンの幸せそうなにへら笑いをジト目で見つめる。
「だってチョコ美味しいし……何よりリオンと……へへへ」
「………もういい……」
これ以上理由を言われてもリオン本人が思い出して顔を赤らめる危険性がある。
よって不気味ではあるがスタンのにへら笑いを無視する事に決め込んだ。
そうして黙っているうちにスタンが時計を見ながら言葉を発した。
「あ、12時越しちゃったね。」
「……そうだな」
テーブルの上にあった時計を見ながら反応する。
「……リオン」
名を呼ばれたリオンは振り向きながら「何だ…」と聞き返す。
するとぎゅっ…と手が握られていた。
驚いたがスタンが真面目な表情で自分を見つめるのでリオンは返す言葉が見つからない。
スタンは手を強く握り締めながら、リオンに満面の笑みを浮かべながら、言った。
「来年も、こんな風にチョコ食べたりしてような……」
「………」
その言葉に返事を返さず、リオンは無言で俯いた。
リオンの反応を勘違いしたのかスタンは聞き返しもせずただ黙ってチョコを頬張っている。
(……そんな約束、僕には出来ない……)
自分はスタン達を裏切るのだ。神の目を奪還したらスタンとの関係はそこで終わり。
来年にはどうなっているかすら分からないのだ。だから「ああ」とも言えなかった。
だがしかし、拒否する気にもなれなかった。
それはきっと。
(この関係が心地良いからだ……)
スタンと一緒にいるのが好きだから、「無理だ」とも言えなかった。
この関係が崩れる事でも恐れているのだろうか。
どうせいつかは崩れてしまうものなのに。
(……崩れてしまうまでは……このままでも良いだろう…?)
誰にともなく呟いたその言葉は、音にはならず心の中だけで紡ぎだされた。
そうしてリオンはスタンによっかかりながら目を閉じた。
どうしようもない不安とどうしようもないスタンへの想いが交差しあいながら思う。





タイムオーバーは、もうすぐだ……。








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