それはいつの事だったか。

正直あまり憶えてない。

だが大粒の涙を流した事は憶えている。

その時感じた寂しさも鮮明に覚えている。

夢の中で僕は『置いてかないで』と泣いていた。

『1人にしないで』と泣いた。

ああ、あれは確か…鬼ごっこをしていた時だ。











「鬼ごっこやろうよ〜!!」
ファラが、声を高らげながら誘う。
鬼ごっこという単語を聞きリッドは「マジかよ…」と項垂れた。
「おい、ファラ。鬼ごっこなんてつまんねーだろー?もっと別の遊びにしようぜ」
「え〜?だって他の遊びだと道具ないといけないし…私何も持ってきてないよ?」
ファラは反対したリッドに膨れっ面を見せながら反論する。
確かにファラの言う通り遊ぶ道具など持ってきていなかった。
「で、でもそれはファラが散歩だからって言って…」
キールがおどおどした様子でファラに言う。
「散歩だけじゃつまんないもん。遊ぼうよ〜」
珍しく意見したキールに多少驚きながらもファラは譲る気はないようだ。
いつもの我が侭か…と最年長のリッドは心の中でため息を吐いた後面倒くさそうに呟いた。
「ま、確かにつまんねーかもな…。じゃ、やるか?キールはやる?」
突然聞かれキールは戸惑いながら口を濁していた。
「えっ…ぼ、僕は…」
「キールももちろんやるよね?」
ファラがにっこりと笑いながらキールを見つめる。
正直、キールはやりたくなかった。
鬼になってリッドとファラを見つけるのは昔やった経験から大変だと悟っているし、
かといって隠れていてもすぐ見つかってしまう。
だから正直やりたくなかったのだが。
「………や、やる」
ファラの笑顔を裏切れなかった。
キールの返事を聞きファラは笑みを浮かべた。そして手をリッドとキールの前にかざす。
「じゃあじゃんけんしよ!負けた人が鬼ー。」
「へいへい」
「………うん」
リッドは面倒くさそうに、キールは煮え切らない返事を返した。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
パッと手を出すとリッドがグー、ファラとキールはパーだった。
「げっ!オレが鬼かよ!!」
グーを出した手を嫌そうに見つめながらリッドは心底不満そうに叫ぶ。
ファラはふふふ、と笑みを浮かべながらその場から立ち去る。
「じゃ、リッドが鬼ね〜!10数えたら探してね!」
そう言うとファラの姿は彼方へと消えた。
素早くその場から立ち去ったファラの行き先をぼけーっとキールが見つめていると。
「………お前も逃げろよ。さっさとしないと10数え終わるぞ」
突然リッドから声を掛けられた。
「えっ……う、うん」
確かに早く隠れなければキールが鬼になってしまう。それだけは避けたかった。
目を閉じて数え始めたリッドを横目で見ながらキールはダッシュでその場から立ち去った。






キールは森を駆けた。
リッドの声が聞こえなくなった所まで、走った。
「はぁっ………はぁっ………」
元々体力の無いキールはすぐ息が切れてしまう。
太陽は真上に昇っており、汗がにじみ出てしまうほど良い天気だった。
森の木漏れ日の中キールは息を吐きながら辺りを見渡す。
どこか隠れるのにぴったりな場所はないだろうか。
だが見えるのは木々だけだった。
(どっか……ないかな……?)
きょろきょろ首を動かして隠れられそうな場所を見つけようとする。
だがどうしても見当たらない。
(ど、どうしよう……)
その時、ざく…と草を踏み分ける音がした。
キールの体はビクリと反応し、急いで木々の間に隠れる。
心臓の心音は大きく、大げさに例えたら今にでも飛び出そうだった。
キールはじっと息を殺し、音がした方を見やる。
そこには予想通りの人物―鬼であるリッドが歩いてきていた。
リッドは呑気に口笛を吹きながら辺りを見渡している。
やる気がなさそうに見えるが意外と遊びとなると真剣になるリッドだ。
ちゃんと真面目に鬼役をやっているのだろう。
「…………」
「…………」
キールはごくり、と唾を飲む。
その音が聞こえたのか。
「……ん?」
リッドはキールが隠れている木の陰へ目をやった。
「!!」
キールは両手で口を押えながらリッドがその場から去るのを待つ。
心臓は再び激しい音をたてている。
キールは緊張のしすぎで顔が赤くなっていた。
早く立ち去って欲しい。それだけを祈って。
「……気のせいか」
リッドはそう呟くとキールがいない別の方向へと足を向けた。
足音が完全に消えるまでキールはその場を動かなかった。
ややしばらく間があって。
「………はぁ〜…怖かった……」
キールはほっとため息をつきその場にどさりと座った。
暖かい風が頬をなぞった。
緊張で高ぶった体には多少生ぬるい風であったのだが大分緊張もほぐれてきた。
そうして風に吹かれながら、今後の事を考える。
これからどうすればいいのか。
(……鬼にはなりたくないから…隠れなきゃ)
そう思いキールは三度辺りを見回す。
すると巨木の根っこに深い穴があるのを発見した。
近寄ってその穴を見るとキールが楽々入れるサイズであった。
(……ここに隠れようかな?)
薄暗くて少し怖いが鬼役になるよりはマシだろう、と思い
キールは深い穴底へと降りる。
穴から上を見上げると少量の光が差すのみでほとんど何も見えなかった。
(……これなら見つからないよね…)
そう思いキールは地面へどさり、と座り込んだ。
そして大きな欠伸が漏れた。
(……昨日徹夜して本読んでたから眠くなってきちゃった……)
この暗さも眠くなる要因でもあった。
キールはちょっとだけ…と思いこて、と寝転がった。
初めは土の冷たさに寝づらくて寝れるかどうか不安だったが
寝不足の所為かすぐに意識は遠のいていった。










「………ん?」
目を覚ますと黒い黒い闇が広がっていた。
一瞬ここが何処だかわからなくなるがすぐに昼寝していたのだと思い出す。
そして寝る前まで少量の光が差し込んでいた部分を見てキールは驚愕する。
光が漏れていた場所には太陽の光ではなく、月の光が差し込んでいたのだった。
「………え、……嘘」
キールは穴の中から這い上がろうと思いっきりジャンプする。
運動神経の無さから2、3度失敗したがめげずに飛ぶと穴から無事脱出出来た。
そして外に出てみると暗い森が広がっていた。
光は三日月形の月の光のみ。
キールは怖くなって体を細かく振るわせた。
(……こ、怖くなんかないもん…!)
そう自分を励ましながら辺りを見渡す。
辺りにはもちろん誰も居なかった。
遠くからモンスターの遠吠えらしき声が聞こえる。
「…………う」
一人ぼっちで取り残された感覚にキールは涙がにじみ出る。
だがすぐに涙の縁を拭い、勇気を振り絞って歩き出す。
目的地はラシュアン。
おそらくこんな夜じゃリッドもファラももう家に帰っただろうと判断したからだ。
それに親達に無事な姿も見せたいと思ったからだ。
(……リッドもファラも…僕の事探してくれなかったのかな…?)
そう思うと心にぽっかり穴があいたような感覚に陥る。
虚しさと寂しさがキールの心に広がった。
(……だ、駄目だよ…こんな事考えちゃ…)
自分の考えを否定するようにキールはぶんぶんと頭を横に振った。
きっとリッドとファラは自分を捜してくれたのだ。
だが見つからなかったからラシュアンに帰ったに違いない。
そう思う事にした。
「………」
だが不安は拭いきれない。
(……本当に探してくれたのかな…?)
ふと立ち止まって、考える。
冷たい一陣の風が吹いた。
その風が黒く見えたのはこの暗い森の所為だろうか。
そんな風景を見つめながら、不安がよぎる。
(……もし、僕の事が嫌いで見捨てられたとしたら…?)
心を支配するのは黒い感情。
孤独という名の感情に支配されていた。
そういえば、とキールは思いをめぐらせる。



『お前がトロい所為でまた獲物しとめ損ねただろー!?』

『キールー!もっと早く歩かないと日が暮れちゃうよ〜?』

『ったく、キールはトロいんだから』



「っ………」
浮かぶのは自分の失敗談ばかり。いつもリッドとファラに迷惑をかけていた。
弱い弱い、自分。
いつも2人の後をついて行っていた幼い自分。
1人では何も出来ない、自分。
だから捨てられたのだろうか。
「………ふぇ……」
そう思うと自然と涙が溢れてきた。
泣き止もうと瞼に力をこめるがそれでも大量に涙の粒が零れていく。
涙は地面へと落ち、土を少し濡らした。
「…………ひっく………ぅ……」
キールは歩く気力すらなくし、その場に座り込む。
そうして俯きながら思うのだ。
自分はどうしてこんな人間なのだろうか、と。
(……僕がこんなんだからみんなが遠くに行くの当たり前なのにっ…)
それでも人間というものは求めてしまうのだろうか。
傍に誰かいて欲しかった。
寂しくて寂しくて、死んでしまいそうだった。
「………1人にしないでっ……!」
涙で服を濡らしながら、1人願いを込めて叫ぶ。
誰かに聞かれる事なんてないのに、願ってしまう。
言いたい相手はもうここにはいないというのに。
キールは寂しさに身も心も打ちひしがれていた。
どうして自分はここにいるのだろう。
何故リッドとファラは自分を誘ったりなんかしたのだろう。
自分の無価値さは自分が一番分かっているというのに。
「リッドっ………ファラっ……」
大切な人の名を、呼ぶ。
答える声などあるはずがないと思っていた。
その刹那―

「何やってんだよ、キール?」

「え……?」
俯いていた顔を上げるとそこには見慣れた顔があった。
赤い髪と青い瞳の少年。
大切な幼馴染の1人、リッドがそこにいた。
「……リ、リッド……?」
何でここにいるの?と疑問の声は続かなかった。
リッドの顔を見た安堵感で涙が沢山流れてきたからだ。
キールはぼろぼろと涙を流しぎゅっとリッドにすがりつく。
「リッドぉ……!!」
リッドの胸の中でキールはわんわん泣き出した。
リッドはただ驚くだけだったがやがて気持ちを察してやるとキールの背中を優しく撫でた。
そして優しい声で問う。
「……怖かったのか?」
「…………」
キールはこくり、と頷く。
リッドの言う「怖い」は迷子になって迷って怖かったという意味合いのものだっただろうが
キールが思った「怖い」は見捨てられたと思った事だった。
だがそれを言う気もなれずキールはただ涙を流すだけだった。
そんなキールを見てリッドはため息を一つはく。
「……ったく、しょうがねー奴。」
リッドは無理矢理見を預けていたキールの体を引き離すと彼の手を優しく握る。
「…帰ろうぜ、ファラやおじさん達が待ってる」
「………うん。」
待っていると聞き、キールの心の中の暗い感情は深い心の奥底へと消えていった。
そうして歩いていくうちにキールはふとリッドを見つめる。
普段より歩きが遅い。おそらく自分の歩幅に合わせて歩いてくれているのだろう。
そんなぶっきらぼうな優しさがキールにとっては嬉しいかった。
思わずくす、と笑うとリッドが無気味そうにこちらを見つめていた。
「……いきなり笑いだすなよ。無気味だから」
「あっ……ご、ごめん」
リッドを怒らせてしまった、と思いキールは表情を一転し、今にでも泣きそうな顔になった。
そんな彼の表情変化にリッドは苦笑まじりにフォローした。
「別に怒ってねーよ。ただ変わった奴だなーと思っただけだし」
そう言った後リッドの口から大きな欠伸が出た。
もしかして自分を捜しているうちに疲れて眠くなってしまったのだろうか。
(そんな事ないよね……?)
だとしたらかなり嬉しかったがそれは我が侭というものだ。
キールは暖かい手を握りながら空を見上げた。
空には三日月が地上を照らしていた。
薄暗い道をリッドとキールが歩く。
(……大丈夫)
キールは月を見つめながら心の中で呟く。
たとえ自分が必要とされていなくても、大丈夫。
今日の出来事を忘れる事なんて出来ないから。
この手の暖かさを忘れるなんて出来ないから。
(……強くならなきゃ)
2人の幼馴染に必要とされるその日まで、頑張らねば。
キールはリッドの手をぎゅっと握り、決意する。

大切なのは向上心。
自分の存在を認めてもらうために。
大切な幼馴染と対等でいたいから、頑張る。

強い意志を秘めたキールは、リッドと共にラシュアンへと帰宅した。











「………ん?」
キールがゆっくり目を開けると、そこは柔らかいベットの上だった。
意識を取り戻し辺りをゆっくりと見渡すと、そこはラシュアンのリッドの部屋だと分かる
ゆっくりと起き上がり、何故ここで寝ていたかを思い出す。
確か久々にインフェリアに戻ってきて、家に来いよとリッドに誘われて、そして………。
「………」
キールはシーツで顔を隠し、顔を赤らめながら思い出す。
食事をご馳走になった後一緒に寝た事を思い出す。
リッドは普通に一緒に寝るだけでは飽きたらず結局あーいう事になってしまった。
現に今のキールの服は乱れきっていた。
とりあえず身の回りを整えようと近くにあった鏡を手にする。
「…………っ」
そして首筋に見慣れないものを発見して身をこわばらせる。
そこには赤い痕が残っていた。
もの凄く目立つ所なので確実に人目に晒されるよう、狙ったものだと思われる。
(あいつっ………)
こんな場所に残したら怪しまれるだろう、そう怒鳴ろうとした。
だが肝心のリッドの姿がベットの上には見当たらない。
首を傾げながら辺りを見渡すと1階のソファ辺りからリッドの赤い髪が見えた。
文句の一つでも言ってやろうと思い服装を整えて階段を下りる。
「おい、リッド!お前は一体なんでこんな所に………」
キールはリッドの姿を見、息を止める。
見るとリッドはソファに寝転がり爆睡していた。
ぐー……がー……と無防備な寝息が聞こえる。
「……リッド、寝てるのか?」
小さな声で問い掛ける。
だが返事はなかった。
「……寝てるのか」
苛立ちをぶつけられなかったので少し残念だったが仕方が無いだろう。
そう思いキールはリッドの寝顔をまじまじと見つめる。
リッドはよだれをたらしながら幸せそうな寝顔をしていた。
少し間を置いた後寝言がごにょごにょと聞こえる。
「う〜ん………キールー……」
「……僕の夢なのか」
一体どんな夢を見ているのだろうか。
気になったが聞いてみた所で教えてくれるだろうか、こいつは。
(……時と場合によるな)
自分に不利益な時はさすがのリッドも口を塞ぐだろう。
そういえば、とキールは先ほどまで見ていた夢を思い出す。
(……忘れないつもりだったのに、すっかり忘れてしまっていたな……)
先ほどの夢は昔ラシュアンに住んでいた頃に体験した出来事であった。
リッドとファラと鬼ごっこをして自分が迷ってしまったという話だ。
あの時確か決意したのだ。
2人に負けたくない。対等な存在でいたいと。
(……今でもあの2人には敵わないが)
それでも昔よりは対等な存在であると思う。
後ろを追いかけていく事はもうやめたはずだった。
だが心の中で対抗心があった所為もあるが時々意識せずに追いかけていたのだと思う。
それはまるで鬼ごっこのように。
「……こいつやファラに追いつく日はいつだろうな…。」
声に出して言ってみると妙に空しくなるのは何故だろう。
そんな事を考えているからまだ子供なんだろうな…とふと思ってしまった。
そして呑気な寝顔のリッドを見て苛立つ。
寝ているのを良いことにキールはリッドの耳元に顔を近づけボソリと呟いた。
「…………精々今の内に逃げておけよ。……すぐ追いつくからな…」
それは恨み言の一つ。
だが聞く人によれば愛の言葉にも聞こえるだろう。
早く追いつかなければ。
追いてかれるその前に。
「……追いついてやるからな」
そう呟きながらキールはゆっくりとリッドの頬に触れ、唇で優しく触れた……。








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