ある日の晴れた日曜日。
小鳥達は青い空を舞い、花や木々は爽やかな風を受け唄っている。
まさに小春日和という感じで、気温はぽかぽかと温かい。
そんな日にとあるアパートの住人達は天気とは裏腹に妙に沈んでいた。
ぐ〜……。
「章仁……」
「………」
赤い髪の小さな少年が、お腹を撫でながら願求したように呟く。
だがベットで雑誌を読んでいる青年はその声を聞こえなかったかのように沈黙を貫く。


ぐ〜……


やがて赤い髪の少年が再びお腹を鳴らした。
その音を聞き、赤い髪の少年が我慢できなくなったのか思いっきり叫びだした。
「章仁ぉ〜!!」
少年は子供のように(というか子供なのだが)じたばたと足を動かし、思いっきり駄々を捏ねた。
じたばたと動く様に今まで沈黙を貫いていた青年は苛立った様子で叫んだ。
「うるさい…!いちいち駄々を捏ねるな!!」
だが少年は怯えた様子も一切見せずただ青年―章仁の方を見て口を尖らせる。
「だってハラ減ったんだもん〜…」
そう呟いた矢先、少年―イカルの腹が再びぐ〜…と鳴る。
ここまで素直な腹に少し感心はしたものの、騒がしくされは困る。
というわけで章仁は台所の近くにある箱を指差した。
「ならそこにキャベツがあるだろ。…マヨネーズでもかけて食え」
その箱は先週末、章仁の実家から宅配便で運ばれたもの。
章仁の実家に馴染みのある農家が大量に実家へ送ってきたので章仁にも送られて来たのだが…
「だってもう彼是3日もキャベツ食ってるじゃんか!!俺もっと美味しいのが食べたいー!!」
「………」
俺だってキャベツ以外の物が食べたい…と章仁は心の中で呟いた。
そう、送られてきたのはまだいいがそのキャベツがかなり大量だったのだ。
親には一人暮らしと言ってるのに何故こうも大量のキャベツを送られなければならないのだろう。
これでも3日も料理に使ったり、近所の人にもお裾分けしたのだ。
その成果もあって大分箱の底も見えてきたのだが…
イカルはおそらく3日もキャベツ料理で飽きてしまったのだろう。
だが折角貰ったのに腐らせるわけにはいかない。
というわけで少なくともあと2日はキャベツで過ごさなければならないのだ。
「…早くキャベツを食べなければ腐らせてしまうんだ。食え」
自分も食べたくない、などと大人として言えないので章仁は普段のようにぶっきらぼうに言う。
だがイカルは腹を撫でながら不満そうにボソリと呟いた。
「キャベツじゃ腹脹れねーよ…それにもう飽きちまったんだよー…ろーるきゃべつ…ってやつ」
「……仕方がないだろ、それ以外にキャベツをメインに出来る料理を知らないんだ俺は」
確かに世の中にはもっと沢山のキャベツ料理があるだろう。
だが章仁は元々料理に興味などないので唯一覚えているキャベツ料理しか思いつかないのだ。
それがロールキャベツなのだが…正直作ってる章仁本人ですら飽きている。
朝昼晩、全部ロールキャベツとくればさすがに飽きてくるものだろう。
「だったら色々研究して新しいキャベツ料理考えてくれよー…もしくは別の食材使ってくれ」
確かに他のキャベツ料理を作ろうとしなかった自分の責任かもしれない。
そう思い章仁はだるそうにベットから立ち上がった。
「何か作ってくれるのか!?」
イカルはきらきらと輝いた目で章仁を見つめる。
その目を見ながらふっと微笑んだ章仁はイカルを見つめながらこう答えた。



「キャベツロールを作る」

















ガターン!!

「うわーん!!章仁の馬鹿ー!!」
イカルはいても経ってもいられなく、ダッシュでアパートから出て行った。
「ま、まてイカル!!ロールキャベツとキャベツロールは違うんだぞ!」
実際どうなのかよく分からないが章仁曰く違うらしい。
家の扉から顔を出しながら章仁はイカルに呼びかける。
だが最早階段を駆け下りたイカルは扉の前にいる章仁に向かって舌をべ、と出した。
「どっちも同じだろー!!章仁の馬鹿ー!!」
捨てセリフを残した後イカルは駆け出した。
もうキャベツは嫌だ!…と叫びながら…


















キィ……キィ……
「ぐずっ……ぐすっ……章仁の馬鹿ぁ……」
章仁のアパートを出てから4時間後、イカルは一人公園のブランコに乗っていた。
遊んでいれば腹の空きなどなくなると思っていたのだがどうやら逆効果だったらしく、
イカルの腹はいまだに「ぐ〜」と鳴っている。
その音を聞きイカルははぁ…とため息をついた。
(腹減った……)
こんなになるのならばキャベツでも何でも食べて来るんだったなーとイカルは後悔した。
人間になった所為か神無ノ鳥だった頃より腹が空く間隔が短くなったような気がする。
(……おれ…『人間』…なんだよな……)
自分の身体をまじまじと見つめながらイカルはふと、思う。
そう、今のイカルは『人間』。『神無ノ鳥』ではないのだ。
(……おれ、変わったのかなぁ…)
一見してみると何も変わっていない。
現に章仁と再会した時もイカルの変化に章仁は気がつかなかった。
そう、何も変わっていないのだ。自分が人間になった以外は。
(……何も変わってないのか……)
そうだよな、とイカルは思わず自笑してしまう。
だから我が侭言って章仁を困らせてしまうのだ。自分が大人になれないから。
章仁に子供扱いされないように、振る舞ってきた。
だけどその振る舞いが子供だったんだな…とイカルは改めて理解する。
(……帰ろうかな)
帰って章仁に謝ろう、そう思いイカルはブランコから飛び降りると公園の入り口の方を目指した。
普段なら遊び帰りもっと遊びたいと願っている所為か足取りも重かったりするのだが
今日はいつもとは違った。足取りは軽やかだ。
(早く帰らねーと章仁心配しちまうかな…)
昔、自分がしばらく章仁の家に行けなかった時がある。その時も物凄く心配してくれた章仁だ。
きっと今も心配しながらアパートで待っててくれるのだろう。
そう思うと胸が妙に温かくなる。
自分を待ってくれる存在がいるというのはとても嬉しい事だ、とイカルは思う。
自分という存在を憶えててくれているという事だから。
自分を大切にしてくれているという事だから。
そう思いイカルは微笑しながら公園の入り口まで歩みを進めた。
そうしてしばらく歩いているうちにどこかで見覚えのある人物を目にした。
その人物は公園のベンチに座っており、ただ何もせずずっと座っていた。
その人物を目にし、イカルは驚く。
「あっ……章仁!?」
「…………」
その人物とは今イカルが会いたいと願求していた章仁本人だった。
章仁は丁度木の木陰の下のベンチで陣取っている。
温かい今日には最適な場所であろう。
章仁がイカルを確認すると「…座れよ」と隣を指差した。
「え、な、何でだよ…?つーか何でここに…?」
状況がいまいち理解出来ていなかったのかイカルが明らかに動揺したような声で問いかける。
章仁は少しぐらいは理解しても良いものを…と思い深いため息を吐いた後、
普段のようにぶっきらぼうにこう言った。
「……決まってるだろう…お前を迎えにきた。」
「え……?」
イカルは驚いた。
予想だもしていなかった展開だ。こうやって自分を向かえにきてくれるなんて。
そう思いながらぽかんと口を開けながらそのまま章仁を見下ろしていると、
「…座れと言っているだろう」と章仁から小言が再び呟かれた。
イカルは慌てて章仁の隣へと腰掛けた。


















サァァァァァァァァ……

爽やかな風が肌を撫でる。
そんな風を心地よく感じているとふと隣で章仁が何かごそごそやっている事に気が付いた。
一体何をやっているのだろう…そう思いじっと章仁の姿を見つめていた、刹那。
「ほら、おにぎりとオレンジジュース。…今日の昼飯だ、食え」
そう言いながら章仁がイカルの目の前に見せた品々は
コンビニなどでよく売っているおにぎりとパック状のジュースだった。
その品々をじっと見つめながらイカルは思わず呟く。
「……章仁、昼飯はキャベツじゃないのか…?」
あんなに食べよう食べよう言っていた章仁を見た所為かいまいちこの現状が理解できていない。
なので思わずそんな疑問が浮かんでしまったのだ。
それを聞き章仁は一瞬言葉に詰まったがやがていつものように淡々と答えてくれた。
「…今日は特別だ。どうやら今日の晩飯で食べ終えられるようだからな。その記念だ」
「やっとキャベツ生活から解放されるのか!?」
「ああ」
それを聞き、イカルの顔がぱぁ、と明るくなる。
それと同時に一体どうやってあのキャベツの量を減らしたのかが気になる。
イカルが先ほど確認した所とても今晩中に食べ終えるような量ではなかった。
なので一体何故と思っていた刹那、その疑問が表情に出ていたのか章仁が答える。
「学校の連中に配ったんだ。…あと深町にも配りにいったか。あいつにはまだ配ってなかったからな」
「ああ、おっちゃんにあげたのかー…」
考えていた疑惑が解消されイカルは心の靄がすっかり取れてしまった。
それと同時に深町の名前が章仁から出てきた事に嬉しさがこみ上げてくる。
今まで恨みという感情でしか深町を見てこなかった章仁から出た深町の名前。
やはりすれ違っていたままじゃ駄目だと思っていたイカルにとってはとても嬉しい。
イカルは思わず「へへ」と章仁に微笑む。
「……何へらへら笑っているんだ。…さっさと食え」
いい加減自分を見る目に気まずさを覚えたのか章仁がぶっきらぼうに呟く。
イカルはそれでもにへら笑いをやめなかったが言葉に従いおにぎりをぱく、と食べる。
そうして一口口にすると、口の中で広がるツナとマヨネーズの味。
俗に言う「ツナマヨ」なのだがイカルにとって味などどうでもいい。
3日ぶりに食べたキャベツ以外の食べ物はとても美味しかった。
「章仁っ……うまいよこれー!!」
イカルは嬉しそうにがつがつとおにぎりをがつく。
「おい、そんなに早く食べると消化に悪…」
章仁がそう注意する前にイカルはツナマヨおにぎりをすべてたらいあげてしまった。
オレンジジュースをずずず…と飲み干し、「ごちそうさまー」と笑顔で一礼する。
その食欲旺盛っぷりに章仁は驚いたがやがて腹の底から笑いがこみ上げてくる。
気付かれないようにくっくっく…と声を押し殺しながら笑うと
コンビニの袋からもう1つ、おにぎりをとりだす。
「もう1つ食うか?…味はツナマヨじゃなく五目だが」
「!!食うっ!!」
再びおにぎりを目にし、イカルは明るくこくこく、と頷く。
そんなイカルを苦笑しつつ五目おにぎりを手渡すとイカルは「サンキュー」と
笑みを浮かべながら五目おにぎりを開ける。
「………」
そうしてまたがっつくイカルを見て章仁はため息と共に笑いもこみ上げてきた。
(…色気より食い気だな、こいつの場合……)
今おにぎりを手渡す時のイカルは犬そのものといった感じがする。
まぁ自分の恋人には色気など最初から期待していないので良いのだが。
むしろこうして素直に気持ちを表現できるのが羨ましいと思う。
…自分は小さい頃、そうではなかったから。
「………」
「ん?章仁ー…?どうかしたか?」
突然沈み込んだ章仁をじっと見つめながらイカルは問い掛ける。
そんなイカルを見つめながら、章仁は思う。
…羨ましいのだ、イカルが。
小さい頃、姉の死によりずっと塞ぎがちだった自分とはまったく逆の彼が。
時々その素直さに感心したり、嫉妬したりする。
…自分と違うからそう思うのだろうか。
そんな事を思っていると、ふととあるものに気が付き章仁ははぁ…とため息を吐く。
「…口元、米粒ついてる…」
「えっ!?ほ、本当かっ!?」
突然そう言われ、イカルは口元に手を這わせる。
そうすると米粒の感触を感じてイカルは思わず顔が赤くなる。
そうして手当たり次第米粒を払い「もうついてないよな!?」と章仁に確認する。
章仁がこくりと頷くと安心したようにほっと一息ついた。
「食べ方が意地汚いからそうなるんだ」
章仁の的確なツッコミにイカルは顔を羞恥しながら言い訳がましく叫ぶ。
「だ、だって…美味しかったんだよ!」
イカルは他に言い訳が思い浮かばなかった所為で本当の事を言ってしまう。
「……」
そんなイカルを見て章仁は再びため息を吐いた後ゆっくりと立ち上がった。
そしてイカルが持っていたゴミを近くのくず篭に投げ捨ててやり、再びベンチへと戻る。
「あ、ありがとな章仁」
少し遅れたがイカルは礼をひとつする。
章仁は普段のように「…ふん」と何だかよく分からない返事をし、
そのまま持ってきていたらしい本を読み始めた。
イカルはその間手持ちぶさになったので何かする事はないかなーと考え始めた。
またブランコでも乗ろうかな……などと思考をめぐらせていた、刹那。
「イカル……」
「…ん?何章仁?」
突然呼ばれイカルはじっと章仁を見つめた。
今呼んでくれた章仁の声はどこか優しげに聞こえて心の中で不思議がっていたが
やがてそれは聞き間違いではない事に気がつく。
「…遊ぶなら気をつけろよ。…ちゃんと帰ってくる事が前提だ」
「……」
そう呟いた章仁は優しげなのと、どこか寂しげな感情が入り混じっているように見えた。
それを聞き、イカルは驚く。
そうしてきっとこんな風に呟やかせてしまったのはきっと自分の所為なのだな、と思った。
イカルが再び章仁の下へ帰ってきた時、章仁はとても喜んでくれた。
普段ならあまり嬉しそうな表情などしない章仁が物凄く喜んでくれた。
そんな章仁を見てイカルも嬉しかったが、同時に申し訳ない気もした。
ここまで心配させてしまったのか、と罪悪感が胸を締め付けた。
今こうして章仁が自分を縛り付けている原因はイカル本人の責任なのだ。
…そう思うと自分がどれほどまで章仁を心配させているのかが分かる。
あの不器用な章仁がこうして素直にそう言ってくれている。それはとても喜ばしい事だ。
なのでイカルは思いついた言葉を、章仁に投げかける。
…今度は嘘にならないといいな…と思いながら。










「大丈夫だって章仁。……おれはちゃんと章仁の下に帰ってくるから…」







―大丈夫だ。


どんな事があってもおれは章仁の傍に、いるからな……









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