深い深い心の海の底へ落とした感情が。





とめどなく、溢れていく。





叶う事などないと押し殺していた感情が。





再び、底から這い上がってくる。

































「あっ………」
レンジャクの体がビクン、と跳ねる。
それは今まで感じた事のない感覚による反応か。
それとも好きな人に触れられているという喜悦にも似た反応か。
レンジャクにはこの際どうでも良かった。
「……相変わらず敏感なんだな、お前…」
口元を少し吊り上げるとハッカンは再びレンジャクの体を愛撫し始めた。
その優しい触れ方にレンジャクは多少驚くがすぐさま快楽へと身を任せる。
「んっ……ふあっ………」
触れられこんな声を出している事に羞恥するが声は自然と漏れてしまう。
口元を押えようと右手を伸ばすがその手はハッカンによって止められた。
「……聞かせろよ、お前の声……」
耳元で小さく囁かれ体がビク、と反応した。
「……ぁ…」
反応した事が恥ずかしかったのか。レンジャクの顔が赤く染まる。
そんな様を間近で見てハッカンはクス、と笑った。
そしてすぐさま愛撫を再開する。
「んんっ……あっ…」
あまり触れられる事のない部分に触れられ反応してしまう。
優しく触れられたその指跡を目で追いながら、レンジャクは性感を高めていった。
そうしていると心の奥底から声が聞こえる。




























『姿を近くで見られるだけで良かったのではないか?』






























それは過去の自分だった。
ずっと心の奥底で眠っていた、ハッカンを想う気持ち。
だが叶うはずもない願いだったはずだ。
彼の想う人は自分ではないのだから。
だか今こうして体を重ねている。
見ているだけでよかったはずなのに、何故。
(………俺は)
この気持ちは我が侭だろうか。
今ではそれ以上の関係を望んでしまう。
見ているだけでは嫌だ。
…もっと、触れて欲しい。
瞳に映るものが俺であって欲しい―そう思う。
(……馬鹿だな、俺は……)
己の愚かさ加減に思わず苦笑してしまう。






「っ………!」
胸元に痛みを感じ意識を現実へと戻される。
痛みがした方へ見るとハッカンが胸の突起物を噛んでいた。
「……痛かったか?悪ぃ…」
バツが悪そうに自分に謝るハッカンを見てレンジャクは不思議そうに顔を窺う。
「…別に謝る必要はない。……そのうち…痛くなくなるだろうから…」
最後の方は聞き取るのが難しいぐらい、小さな声で呟いた。
「……っく………くく…」
「な、何が可笑しい…!」
突然笑いだしたハッカンを怪訝そうに睨みつけた。
ハッカンは目に溜まった涙を拭いながら笑みを浮かべた。
「いや…なんっつーか……可愛い事言うんだなーと思ってな…」
「!!ばっ……馬鹿…!!」
突然の「可愛い」発言にレンジャクは顔を赤らめ怒鳴った。
だがそんな反応も可笑しかったのだろう。ハッカンは再び笑いだした。
「………」
レンジャクは怒る気も失せて黙って顔を背けた。
「あ、悪ぃ悪ぃ。そんな拗ねんなよー」
「…拗ねてなどいない」
言葉とは裏腹にプイ、と横に顔を背ける姿は誰の目からみても拗ねている様に見えるだろう。
ハッカンは彼に気付かれないようにクス、と笑うと
レンジャクの手を握り手の甲にキスをした。
「………っ」
レンジャクは思わず手を払いのけようとする。
だがハッカンは手を強く握っており一向に離そうとしない。
「……離してくれないか?」
「何で?」
「…は………何でもない」
そういってレンジャクは顔を赤らめながら俯いた。
思わず『恥ずかしいから』と本音を言ってしまう所だった。
それを察したのかどうなのかは知らないがハッカンはあっさりと手を離した。
「…ま、手だけじゃ気持ち良くなんないし…な」
そう言いながら顔をレンジャクの胸元へと移動する。
胸の突起物を舌で優しく舐め始めた。
「んんっ……」
何ともいいきれない感触がレンジャクを襲う。
敏感に反応してしまい、背中をしならせてしまう。
肌に当たったハッカンの髪の毛がくすぐったい。
何かを必死に耐えようとシーツをぎゅっと握る。
「………大丈夫か?」
強く握りすぎて震えている手をハッカンが優しく触れる。
「………」
すぐには答えずレンジャクは黙ってハッカンを見つめる。






優しい奴だ、と思う。
弟分であるイカルにも気を使うし、自分にだって優しくしてくれる。
その優しさに惹かれたのだと自分でも思う。
その優しさに触れたから、押し殺していた感情が溢れ出したのだと思う。
深い深い海底に沈んでいたはずの、感情が。






「…………」
「レンジャク?」
黙って自分を見つめているレンジャクをハッカンは首を傾げながら見つめた。
レンジャクは名前を呼ばれても返事もしなかった。
ただ、じっと見つめていた。
「………ハッカン」
やがて聞こえたのは、自分の名を呼ぶ声。
やっと返事らしき言葉が聞こえハッカンは安堵の表情を浮かべながら「ん?」と聞いた。
「………」
レンジャクは少し間を置いた後唇をそっとハッカンの唇に重ねた。
口を薄く開いてやると自然に舌が口の中へと進入してくる。
柔らかな舌の感触が口の中に広がった。
舌と舌がお互いを求め合うように絡みあう。
「ん………。ふ………。」
息苦しさにレンジャクの口から声が零れる。
だが舌を一向に離すそぶりはない。
「……ふ……っく…」
レンジャクの表情が辛くなった頃を見計らってハッカンは絡まった舌を解放する。
そして頭を掴み無理矢理引き離す。
「はぁっ………はぁっ……」
銀色の糸が途切れるとレンジャクは息を荒げて口元を押えた。
「っ…無理すんなよレンジャク……」
さすがにハッカンも息苦しかったようだ。
「はぁっ……無理など…してない…」
「…嘘付け。…すっげー息上がってんだろ…?」
ハッカンはそういってレンジャクの髪の毛を優しく撫でてやる。
レンジャクはかわそうともせず黙ってそれに従っていた。
優しく撫でられるのは気持ちが良かった。
やがてレンジャクはゆっくり目を閉じるとハッカンの腕をぎゅっと握った。
そして聞き取れないぐらい小さな声で呟いた。
「………俺の心配など…しなくてもいい…」
「――――――」
「しなくていいから………だから…」
握られた手はとても弱くて、やめる気にもなれなかった。
「…バーカ。」
ハッカンはそう言って優しく頬にキスをした。
そして悪戯そうに笑みを浮かべながらからかうよう言葉を吐く。
「素直に俺と続きしたいって言えばいいのに。」
「っ……うるさい。…それに馬鹿に馬鹿とも言われたくない…。」
図星をつかれレンジャクは顔を赤く染めながらいつものように捻くれた言葉を口にする。
いつもならムカつく所だが今はその言葉を聞いても微笑ましくなる。
ハッカンは額に軽くキスをすると最後の一押しを問い掛ける。
「…本当にいーんだな?」
その顔は真剣そのもの。
だからレンジャクも素直に頷く。
…かなり恥ずかしそうに頷いたのは自分でも嫌というほど分かったが。
ハッカンも気付いてはいたが笑うとまた拗ねるだろうと思い黙って首元に顔を近づけた。
「………んっ」
首筋を軽く吸う。
証を残すかのように赤い赤い痕をつけてゆく。
「…………」
レンジャクは黙って身を預けた。
目を閉じ肌に触れる唇の柔らかさと優しさを噛み締めながら。




























深い心の海底から這い上がってきた感情は、浅い海辺で漂っている。





彼と同じ名の海原で魚は戸惑いながら溺れ、もがいている。





自分と同じ名の魚は形無き愛という感情に溺れる。



















このままずっと、溺れていたい…。














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