Slight fever

「ん………?」

妙に肌寒いと感じ、僕はふと目を覚ます。

目を開くとそこには普段と何ら変わらない自分の寝室だった。

(……寒い)

地球軍支給のTシャツはこの辺りでは少し軽装だったようだ。

それとついこの間まで砂漠にいたというのも理由だろう。

あの熱苦しさに慣れた所為か今の僕の身体は多少の事でも肌寒く感じるのだろう。

寒いので地球軍の制服を羽織ろうとむくりと起き上がったが

制服を着たまま寝ては皺だらけになるだろう。そう思い僕は再び横になった。

(……寒いけど…仕方がないか…)

身体に掛けた毛布をぎゅっと掴みながら寒さを忘れるようゆっくり目を閉じた。

そのうち自分の体温で毛布の中が温まるだろう。そう思い寝る事にした。

「………」

だが一旦起きた所為か寝付くのに時間が掛かりそうだ。

こういう何もない時間は妙に色々と考え込んでしまう。

僕は宇宙であった出来事や砂漠で体験した事や出会った人達の事を思い浮かべていた。

色んな事が、あった。

例えば地球に降りるはずだった一般の人々が、自分の不注意によって死なせてしまった事とか。

例えば砂漠の虎と名乗る人物と出会い、己の正義のためにぶつかり合った事とか。

さまざまな出来事が頭の中で鮮やかに蘇る。

「………っ」

思い出し、胸の辺りがずきりと痛む。

誰もが、もうこの世にはいない人だった。

誰もが、自分の所為で死んでしまった。

僕は震えている自分の手をじっと見つめながらストライクに乗っている感覚を思い出す。

引き金を引く瞬間とか、ソードを突き刺す瞬間とかそういった感触を思い浮かべ顔を歪める。

(……僕は)

今まで何人の人を犠牲にして生き延びてきたのだろう。

今まで何人の人を殺してここまでやってきたのだろう。

数え切れないほどの人を殺してきた気がする。

そう思う時、一体自分は何をしてきたのだろうと思う。

過去の過ちと呼べるような単純ではない、はかりきれないほどの罪を犯してきた。

(だけど……僕は…)

大切な友達を守りたいのだ。

地球に来た時に知り合い、そして仲良くなった仲間を。

彼等が自分を信頼してくれるのならば、僕は彼等のために戦える。

そう思い、ここまでやってきた。

彼等を救っていると思わなければ、今ごろ人を殺した事を夜な夜な思い出し狂っていただろう。

友達という存在が支えになっているのだ。…僕にとっては。

…友達。

(アスラン………)

友達という言葉を思い浮かべると、彼の事を思い出さずにはいられない。

アスラン・ザラ。月に在住していた頃、兄弟のように親しかった少年。

彼との別れに貰ったトリィは未だに大切にとっている。

彼との思い出は敵となった今でも思い出さずにはいられない。

人生の中で一番楽しかった時期でもあるのだ。彼と過ごした日々は。

(………寒い)

ふと肌に寒さを感じ、思い出に浸ろうとした頭を現実へと戻す。

だが戻したは良いがこの寒さの所為でふと昔あった出来事を思い出す。

あれは確か、今よりもっと肌寒い日の事だったかな?

僕が風邪で寝込んで、アスランがお見舞いに来てくれた時の事だ。

僕が「寒いよ、アスラン」って言ったら彼が僕の手をぎゅっと握ってくれたんだっけ。

アスランの手は温かくて、僕は安心してそのままぐっすり寝ちゃったんだ。

そうしてしばし寝た後ふと目を覚ますとアスランの姿はなくて。

ちょっと寂しいな…って思いながら身体をぎゅっと抱きしめたら、普段と違う感じがしたんだ。

違うと思ったのは僕の身体にほのかに残る温もり。

温もりとちょっとオイル臭い匂いが僕の身体に染みていた。

それで分かったんだ。アスランが寒いと言っていた僕を抱きしめてくれていた事を。

オイル臭いのは確か彼がメカの制作を今朝やっていたからだという事を後に知った。

…後にといえば。次の日確かアスランは風邪で学校休んだんだっけ。

多分僕の傍にいた所為で風邪がうつったのだと思う。

不器用で、それでいて優しいアスランの姿を思い浮かべて僕は思わず微笑んでしまう。

(昔っからいっつもこうだったんだよな…アスラン)

格好良く見えるけどちょっと抜けた所があって。そういうギャプが面白かったのを覚えている。

今でも変わっていないのだろうか、彼は。

(…………寒い)

身体がぶるっと振るえ、僕は顔をしかめる。

気温の変化でこうなったのだろうか。…それとも風邪だろうか。

だが僕はコーディネーターだから滅多に風邪は引かないはずだが。

それにしては妙に身体の芯から冷たいと感じる。

「……寒いよ……」

身体が震えてきて、僕はぎゅっと自分の身体を抱きしめる。

だが抱きしめた所で温まるはずもなかった。

そして彼の温もりを感じる事も、出来なかった。

「………ラン」

ふと彼の名を呼んでしまい、虚しさがこみ上げてくる。

何でこんなに寒いのだろうか。

何でこんなに心の奥底から寒いのだろうか。

僕自身もよく分かっていなかったが。

「アス……ラン……」

目から一滴、涙が流れる。

この涙は彼の温もりを思い出せないからなのだろうか。

それともただ寒いから、泣いているのだろうか。

……分からない。

「寒い……っ!寒いよっ……!」

布団を深く被りながら、僕は感情的に叫んでしまう。

どんなに自分の身体を抱きしめても、彼の温もりを思い出す事は出来ない。

オイルの匂いを思い出す事も、ままならない。

声にならない嗚咽を出しながら、思う。

どんなに泣き叫んでも、僕等は昔のようには戻れないのだ。

どんなに想っても、戦う事には変わりようがない。

どんなに願っても、僕はもう彼の温もりを感じる事は出来ないのだ……と。