Point of No Return

『次に会った時はお前を撃つ!!』

『僕もだ、アスラン!!』

あの日…俺とキラが道を断った瞬間。

その時から、もう俺の中であいつとはどうなるのかは予想できた。

お互い殺し合うしかないのだ、敵対するならば。

例え小さい頃から兄弟のように育った相手だったとしても。

俺は殺さなくてはならない。あいつを…キラ・ヤマトを…

そう、戦争を終わらせるためには戦うしかないのだ。

だから俺は…あいつを撃つ。戦争を終わらせるためならば俺は………

俺は………

「トリィ!トリィ〜!!」

「………!!」

再び会った時あいつは前と変わらず、ただ優しいままのキラで…

もう2度と顔を見合わせることも無いだろうと思っていたので…正直驚いた。

俺はトリィを手に乗せたまま、無意識のうちにキラへと歩み寄った。

「………アス、ラン……?」

…キラも俺がいて驚いたようだ。確かにこんな所にいないはずの人間が

変装してオーブにいる事など予想もできないだろう。

ドクン……ドクン……

心臓が五月蝿いぐらい疼いている。

落ち着け。

落ち着くんだ。

…久々に会った旧友を懐かしむ資格などもはや俺には存在しない。

俺達は敵同士なのだ。自分達の正義のために戦い、傷つけあう。

そんな風になった今、心の中にある躊躇いだとかは邪魔だ。

自分の感情を抑えるように静かに深呼吸をした後、

俺は後ろから痛い視線が刺さってやっと気が付いた。

(……確かあいつ等はキラがストライクのパイロットである事を知らないんだったな…)

今ここで彼の正体を知ればきっとイザークが突っ掛かってくるだろう。

3人にはキラをストライクのパイロットと悟られるわけにはいかない。

そう思い俺はまるであたかも初めて会ったかのような言葉を口にする。

「これ……君の…?」

その言葉を聞き、キラはしばし驚愕した表情をしていたが

やがて彼も気が付いたのだろう。俺の嘘に付き合うように戸惑いながら「うん…」と呟いた。

俺はそのままキラに触れる事無く、トリィをキラの手元へと返した。

「………ありがとう」

キラが戸惑いながら、感謝の意を呟く。

「…………」

「…………」

俺達はそのまま黙って相手を見つめていた。

サァァァァァァァァ………

一陣の風が吹いた。

今こうしてこんな風に見つめ合う姿は、昔キラと月で分かれた頃を思い出す。

あの時と同じように風が吹いていて、俺はキラにトリィを手渡して。

今、この時だけは昔の俺達の関係に戻れたような…気がした。

だけどそれは幻だ。今の俺達は敵同士なんだから。

変わってしまったのは俺とキラを取り巻く環境。

俺達自身も多少は変わりはしたが大きな変化はおそらく環境であろう。

ちょっとした環境の違いでどうして敵対する事になってしまうのか。

…皮肉なものだな、と思う。

「………」

「………」

キラは何を思っているのだろう。

何を思って、俺をじっと見つめているのだろう。

俺のように過去を懐かしんでいるのだろうか。

それとも、過去など振り返らずただ敵として俺を見つめているのだろうか。

…あんなに一緒にいたのに、こういった事だけは読めない。

でもきっとそれが当たり前なのだと思う。

俺とキラはもう同じ場所にはいないのだから。

同じように笑い合う事も出来ないのだから…。

ああ、それでも。

再びキラに触れたいと思う、俺がいる。

指を絡めて、そのまま抱きしめる事が出来たのならばどれほど嬉しい事だろう。

…好きだ。

好きなんだ、キラ。

「アスラン」

呼びかけられ振り返るとニコル達が車に乗って待っていた。

どうやら出発の時刻らしい。

待たせた所為か、イザークとディアッカの俺を見る目がとても険しい。

…このままじっと見つめ合ってただ時を過ごしたって何の意味も無い。

この関係は変わらないのだ、戦争が終わるまでは。

俺は動かなくなっていた足を動かし、キラには何も言わずゆっくりと歩き出した。

振り返れば、きっと抱きしめたくなる。

振り返れば、きっと決心が鈍る。

俺は衝動を抑えながらただ仲間達の方だけ見て歩いた。

そうして帰ろうとした、刹那。

「昔っ……」

キラの声が、した。

「……」

黙って立ち去ろうとした俺はゆっくりと、キラへと振り返る。

あいつは寂しそうに…だけどはっきりと、呟いた。

「昔…友達に貰った大事なものなんだ…」

「……」

昔という言葉に俺は妙に反応してしまう。

そう、俺とキラの関係は「昔」。

…それで良いんだ、キラ。

俺達は敵同士なんだから、これで…いいんだ。

でも何故だろう…この心がズキズキと痛むような感触は。

戻れないと分かっているのに……それでも、昔と思って欲しくないのか…?

……………分からない。

「そうか……」

俺は感情もこめず、小さな声で呟いた。

そうして俺は再びゆっくりと歩き出す。

遠くからどこかで聞いた事のあるような声がして振り返ったが、

そこには俺の知らないキラの「今」があった。

「…………」

小柄で小さな女が、キラの近くに立っていた。

彼女は俺を見て驚愕した表情を浮かべている。

俺自身も驚いた。…無人島で会ったカガリが、そこにいたから。

だけど俺は無表情で再び前へと歩き出した。

…静観できなかったのだ。キラと俺の溝を見たような気がしたから。

俺はキラの傍にはいられないけどあいつなら…カガリなら傍にいられる。

カガリに嫉妬したのか、はたまた戻れない場所を思ったのか。

どちらにせよ俺に残された選択肢は1つしかない。

『……戦え、アスラン…』

父の声がしたような気がして俺は瞼を閉じた。

…そうだ、戦わなければならないのだ、俺は。

母親の死で戦わなければ救う事が出来ないと悟ったのだから。

俺は瞼を開け、ただずっと前を見つめた。

迷ってはいけない。

…俺は平和な世界をつくるために戦っているのだから。

夕焼けに赤く染まる空を見上げながら、俺は再び決意を新たにする。 …戦える、俺は。

キラを撃つ事だって出来る。

過去の思い出を心の奥底にしまいこみ、俺は前へと進んでいった……。