籠の中の鳥は

「んっ…………ん…」

くちゃ…と水音が部屋に反響する。

それはレンジャクの口の中から出た音だった。

口の中には彼が慕う主の肉棒。

レンジャクは一生懸命舌を使い、気持ち良くなってもらおうと頭を振った。

『くっ………ぁ…』

主は反応を返さない自らのモノを恨めしく思った。

反応を返さないモノであっても、レンジャクは手や舌などを使って性感を高めさせる。

「ん………ふくっ……」

筋を舐め、先端を舐めても精液は出ない。

どれほど時間をかけようとも。

『………もうよい、レンジャク……』

主がレンジャクの髪に触れながら、言う。

「…んぅ、ふ……っ………はい…。」

命令に従い、レンジャクは口を離す。

口元に銀色の糸が伝っていたがやがてゆっくりと消えてゆく。



『………レンジャク、そこに横になれ』

「……はい」

レンジャクは素直に床へと寝転がる。

床はひんやりとしていて裸体のレンジャクには冷たく感じた。

主は横になったレンジャクを見やるとゆっくりと上へ乗っかってきた。

そうしてレンジャクの蕾へと手をやる。

「あっ………」

レンジャクの体がビクン、と反応した。

主は気に止めず乱暴にレンジャクの中を掻き乱す。

「っは……あ………はぁっ………」

痛みと快楽が交じって思わず声が漏れてしまう。

主は指を増やすと蕩かすように手に体液を絡ませた。

そしてある一点を強く突く。

「!!やっ………ぁ……んっ」

弱い部分を強く突かれ、レンジャクの背中がしなる。

そして弱い部分すら知られているのだな、と快感で痺れた心で思う。



(………俺とこの方がこんな関係を持ってどれぐらい時が経ったのだろう……)

思い出せないぐらい遥か昔からのような気がする。

最初、あの方にこんな仕事として呼ばれたのには正直驚いた。

少し戸惑ったが自分は神無ノ鳥である。命令通りあの方に身を捧げた。

そうして今、あの方と自分はこうして肌を触れ合わせている。

それが良かったかどうかはレンジャクにも分からない。

だが命令は絶対だ、と心の中で思う。

それと共に何故こんな事をしているのだろう、とも思う。

心が通い合わない行為などする必要はないと心の片隅で思う日もあった。

だが、どうしてもこの方の命令に背く事など出来なかった。

自分は『神無ノ鳥』だから。

だから主の命令には絶対従わなければならない。それは他の神無ノ鳥でも同じだ。



だが。

唯一この方に従わない神無ノ鳥を2人知っている。

それは自分と割合仲の良いイカルとハッカンだった。

イカルは任務放棄など毎度の事だし、ハッカンは忠誠心など一欠片も見当たらない。

そんな彼らを不思議に思った。

何故彼らはこの方に従わないのだろう、と。

それと共に多少羨ましく思った。

彼らはこの方とこんな関係など持ち合わせていないだろうから―



『――――――……レンジャク』

「………はい」

突然呼ばれ意識を現実に戻したレンジャクは主の声に応える。

主はいつものように無機質な声で呟いた。

『どうやら何か考え事をしていたようだが…………私とするときは何も考えずに

行為に集中しろと言った筈だが……?』

「………申し訳ありません」

レンジャクは素直に謝る。

だが意識はまだぼんやりとしており先ほどまで考えていた事が忘れられなかった。

それに気付かれないように先を促すと主は萎えているものをレンジャクの中にあてがった。



「────あ、ああああぁぁっ…!!」

あまりの痛さにレンジャクは苦痛の表情を浮かべた。

主のものは充分に濡れきっていなかったらしくものすごく異物感が激しい。

『くぅ………っっ』

どうやら主も苦痛らしく時折動きを止めながらレンジャクの中に入ってゆく。

無理矢理蕾に進入してくる肉棒にレンジャクは主の背中に爪を立て痛みに耐えた。

「い…っあ、あぁ…んっ…」

痛いとは言えず、口元に手を抑え声を出さぬようにと指を強く噛む。

口の中に苦い味が広がったがそれに構わずレンジャクはずっと指を噛んでいた。

深い部分まで挿入すると主は抜いたり入れたりを繰り返す。

抜けそうな肉棒をレンジャクの中はきつく締め付けていた。

『っ……く………はぁっ………』

「あっ……はぁっ………ふ…っく…!」

お互いの熱い吐息がぶつかる。

何度か繰り返しているうちに急にレンジャクのものが大きく膨れ上がった。

「くはっ………ああっ………あっ―――」

膨れ上がったと思うとレンジャクのものからは白い液体が溢れ出していた。

トクットクッ……と一定のリズムを刻みながら精液が溢れだす。

レンジャクとは違い、主のは未だにレンジャクの中にいても果てる事はなかった。

そうして少し時間が経った後、レンジャクの姿は常闇の間にはなかった。



「レンジャク〜!!」

仕事を終え、廊下を歩いていると呑気に自分を呼ぶ声が聞こえた。

レンジャクが振り返ると廊下の奥から同じ神無ノ鳥であるイカルが走ってきていた。

イカルの姿を確認するとレンジャクは「イカル」と呼び彼を待つ。

「はぁっ……はぁっ………良かったー…追いついて」

イカルは息を切らしながらレンジャクに笑顔を向けた。

その笑顔に戸惑いながらもレンジャクは用件を問いただす。

「……一体何の用なのだ、そんなに急いで」

「んーと……これから暇?」

「?暇だが……一体どうしたというのだ?」

そう問うとイカルはにぱと笑みを浮かべながらレンジャクの手を握る。

そしてこう言った。



「今から遊びに行こうぜ!」

「……今からか?」

先ほど時間を見たが時刻はすでに6時をきっている。

つまり夕方だ。こんな時間に遊びに行って一体何をするのだろうか。

「今地上に行ってたんだけどさ、夕日がすっげー綺麗だったんだぜ!

で、レンジャクにも見せたいなーと思ってさ。だから一緒に行こう!」

「…………」

じっと見るとイカルの今の格好はハッカンが調達したという人間服だった。

どうやら地上で遊んできた後、レンジャクを誘ったのだと思われる。

「あ、もしかしてこれから仕事?」

反応のないレンジャクを不思議そうに見つめた後、イカルがハッと反応し問い掛ける。

「……いや、これから仕事は入ってないが…」

仕事は先ほど完了した。なので明日の昼頃までレンジャクに仕事は入っていない。

それを聞くとイカルは目を輝かせながらレンジャクの手を無理矢理引っ張り連れていく。

「じゃあ行こうぜ!すげー綺麗でレンジャクも感動するから!!」

「!待て、イカルっ……」

「早くしないと日が暮れちまうだろー!」

レンジャクの言葉も空しく、イカルに手を引っ張られたまま2人は地上へと降り立った。



「うわぁー……綺麗だなー……」

イカルは両腕を大きく広げながら風を全身で受け止めていた。

イカルに連れてこられた場所は海だった。

海を見ると確かに夕日は綺麗だ。

絶景と言うほどに赤く光っている。

「……ああ、綺麗だな……」

レンジャクがそう頷くと一陣の風が通り抜けた。

その潮風が心地良くて思わず目を閉じる。

気温もほどほど暖かく過ごしやすかった。

「来て良かっただろ、レンジャク?」

「………ああ」

そうだな、と呟くとイカルが「へへっ」と心底嬉しそうに笑みを浮かべる。



やがて夕日を一緒に眺めているとイカルが砂浜の上に座りこむ。

「レンジャク〜!座ろうぜ!」

そう言って近くの砂浜をぽすぽす叩いた。

「……そんなに叩くと服が汚れるぞ」

イカルを嗜めながらレンジャクは進められた場所へと腰掛けた。

赤い夕焼けと波間揺れる海を見つめる。

そうしてしばらく経った後自分を見つめる視線に気がつきイカルの方を見る。

「……どうした、俺の顔をじっと見つめて」

「ん?いや……こんなレンジャクたまにしか見れないよな〜と思ってさ。」

「……普段は神無山でしか会わないからな」

何でもない事を思うイカルを不思議そうに見やりながらレンジャクは再び夕焼けを見つめた。

「……そういう意味じゃないんだけどな……」

聞き取れないぐらい小さな声で呟いた相手を見てレンジャクは再び不思議そうに見やる。

「…何か言ったか?」

「いや、何でもないよ」

何でもないという事はないぐらいガッカリしたような

イカルの表情を見てレンジャクは首を傾げた。

だが尋問しても口を開かないだろうと思いレンジャクは空を見上げた。



すると黒い物体が赤い空とレンジャクの間を通り過ぎた。

「あ、カラス」

イカルがそう呟くとカラスは「カァ」と鳴いた。

カラスはどうやら複数いたらしく後から2,3匹飛んでいった。

「…カラスか……人間に飼いならされる事もなくただ自然と飛んでいる鳥だな…」

レンジャクが小さな声で呟くとイカルは口を尖らせながら反応した。

「俺カラスあんまり好きじゃないなー…人間とか結構迷惑がってるみたいだし」

「…………」

カラスなどの被害は地上では有り溢れているらしく、

主にゴミ漁りや墓の供え物を奪うのが主流とされている。

人間にとっては不快極まりない鳥であろう。

だが。

「……俺は好きだな……」

レンジャクはむしろ好きな分類に入るものだった。

「?何で?」

イカルが不思議そうに問う。

「何でと言われても……理由など思いつかない」

本当はそれなりに理由があるのだがそれをイカルに言うのは躊躇われた。

イカルは「…ふーん」と呟くとそれ以上問い詰める事などはしなかった。

深く問い詰めないイカルに感謝しつつレンジャクはカラスが飛んでいった方向を見つめる。

すでにカラスの姿はなく、赤い空が広がっているだけだった。



(…羨ましいな……自由で)

レンジャクがカラスを好きなのはその自由さにあった。

何事にも囚われずに、ただ自由に空を翔ける事の出来る鳥。

カラスに限らず、自由に空を飛べる鳥をレンジャクは羨ましく思った。

(俺達『神無ノ鳥』は………鳥篭にいるから)

主の命令に従い、命令の時のみ飛ぶ事の出来る鳥。それが神無ノ鳥。

だから、自由に空を飛べる鳥を妬ましく思う。

自由に色んな所へ飛べる、鳥が―

(……鳥篭の鳥はこんな事を考える事すらないだろうな……)

鳥篭の鳥は篭にいる事が常。

空に憧れる鳥などいるのだろうか。

(…だが、俺は空に憧れる)

使命などを忘れて自由に空を飛んでみたいと思う。

昔はこんな事考えた事などなかった。

ただ主の命令に従い、任務を果たす、それが生きがいだった。

だがイカルやハッカンに会ってからだろうか。

自由な鳥を羨ましく思えてきたのは。

(イカルやハッカンのように…自由な鳥になる事など俺には出来ない)

あの方を裏切る事も出来ないし、ましてやあの2人のようにも振る舞えない。

そんな2人を心底羨ましく思う。

(………叶わない願いなど、祈ったって仕方が無いのに…)

レンジャクは考えを辞め俯いた。



「?……レンジャク?」

突然俯いたレンジャクをイカルは心配そうに見つめた。

レンジャクはしばらく黙っているとやがてゆっくりと立ち上がった。

「?レンジャク?」

突然立ち上がったレンジャクを不思議そうに見ながらイカルは首を傾げた。

レンジャクは少し間が空いてからイカルに手を差し出し突然提案を出した。

「…飛ぼうか、イカル」

「え……?」

「飛ぼう」

突然飛ぼうと言われイカルは目を丸くする。

だが断る理由も特に無いので「…良いよ」と頷く。

レンジャクの手をとり2人は砂浜から赤い空へと昇った。

「うわぁーっ……見ろよレンジャク!一面真っ赤!」

「……ああ、そうだな」

燃えているように赤い空に浮かびながらイカルとレンジャクは沈む太陽を見つめる。

ザザーン……と砂浜の音がした。

「………綺麗だなー……」

「…ああ」

「…………」

「………?」

夕日を見つめているかと思いきやまた自分を見つめているイカルを見て

レンジャクは訝しげに彼を見つめる。

「……俺の顔に何かついてるか?」

「………綺麗だなー……」

イカルがボソリと呟く。しかもレンジャクを見つめて、だ。

何故自分を見つめて言うのかと思いレンジャクは聞いてみる。

「………夕日がか?」

するとイカルは首を横に振った。

「…夕日も綺麗だけど……レンジャクも綺麗だな…って」

「…………!」

突然の事にレンジャクはぷいっと顔をそらす。

その頬は赤く染まっていた。…が、夕日でおそらくバレていないだろう。

…イカルの方からふふ、と笑う声が聞こえたのは気のせいだろうか。

(……綺麗なものか)

こんなに薄汚れてしまった自分が、綺麗だなんて。

何度も何度も肌を重ね、今や慣れきってしまった自分が。

綺麗と思われる資格も、ない。

「……俺は綺麗じゃない」

「そうか?俺レンジャクが羨ましいけどなー。顔も肌もすっげー綺麗だし、それに……」

そういってイカルはレンジャクの髪に軽く触れた。

「…この銀色の髪とかさ、すっげー綺麗。」

「………」

にっこりと笑われて言われるとどうも反応しずらい。

だが反応しないと無駄に心配をかけてしまうだろう。

レンジャクはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…俺は、お前が羨ましい……」

聞き取れないぐらい小さな声で本音を紡ぐ。

「……?」


案の定イカルには聞こえなかったようだ。

レンジャクは心の中で密かに安堵し、触れられていた指を払い除けた。

「……帰ろうか、イカル」

「………ん、分かった。」

納得しないものがあるもののイカルはそれ以上追求はしてこなかった。

そうして2人はもっと高い位置へと飛び、神無山へと戻った…。



「…………では、失礼します。」 仕事の報告を済ませ、レンジャクは一礼し常闇の間を後にしようとする。

『……レンジャク』

だが突然扉を開ける前に声をかけられ、レンジャクの体がぴたりと止まる。

「…………」

レンジャクは黙って振り返ると常闇の間の声はいつも通り無機質な声で囁いた。

『…明日の昼……仕事をしてもらおうか………』

それは自分のみに課せられた仕事。

鳥篭の鳥である自分の絶対的な命令。

……もはや主とするのは慣れてしまっていた。

「………仰せのままに」

レンジャクは逆らう事もなくただ命令を受けるだけだった。

「……………」

ガタン………と扉を閉めた後、レンジャクは近くの壁にもたれかかった。

(…………俺は、この鳥篭から出られない…)

神無ノ鳥である以上、この鳥篭からは。

命令違反など出来るはずがない。

「…………イカル」

ふと、無意識に彼の名を呼んでしまった。

自由に空を飛ぶ事の出来る、神無ノ鳥。

大切な仲間で、そして大切な人。

今すぐ、彼の顔を見たい。

こんな自分でも優しく包んでくれる、イカルを。

「………て」

レンジャクは弱々しくその場に崩れ落ちた。

そして体を震わせながら俯く。

「………けてくれ」

今自分は何といったのだろう。

神無ノ鳥失格の言葉を、口にしたのだろうか。

だが今のレンジャクはそこまで気が回らなかった。

ただ今思うのは、彼の傍にいたいという事。

あの明るい笑顔を間近で見たいという事。

涙も流さず、レンジャクは呟く。

「………助けてくれ……イカル………」