昔から分かっていた。
俺が想っているあいつは別の人を見ている事に。
その視線がとても優しくて、暖かくて。
注がれている相手がとても羨ましく思えた。
俺には注がれる事のない視線。
俺を見つめる事のないその瞳。
俺が奴の心を占める事が出来ない事ぐらい理解している。
だから羨ましかったんだ。
赤い髪の、明るくて素直な少年が。
自分に持っていないものを持っている少年が。
人を惹きつける力があるあいつが。
……凄く、羨ましかった……
I wish
「…くー……くー……」
寝息が聞こえてくる。
レンジャクが目を開け寝息がした方を見るとハッカンが気持ち良さそうに寝ていた。
能天気な顔だ、とレンジャクは思った。
枕も何もない冷えた床に寝そべっているというのにも関わらず安眠している。
それに今自分の頭は彼の腕の上にある。俗に言う腕枕だ。
手が痺れて眠れないという事はないのだろうか。
(……ないだろうな)
そう思うと自然とため息が零れた。
そうしてふと、ハッカンの寝顔を見て考える。
彼は何故自分を抱いたのだろうか。
きっとあの方への対抗心だとは思うが。
あの方と関係を持っていた自分だから、きっと抱いたのだと思う。
仲間を思いやったから、こんな関係になったのだ。
愛などという情は、ない。
(……ハッカンはイカルの事が好きだからな……)
自分やハッカンと同じく神無ノ鳥である少年、イカル。
ハッカンが彼を見る目は他の神無ノ鳥を見る目とは違っていた。
愛する者を見る目、というやつだ。
それが分かっているからこそハッカンが自分を抱いた理由が分からなかった。
何故想ってもいない相手を抱いたのか。
それが知りたかった。
(だがこいつに聞いてもきっとはぐらかすだろうな……)
そう思いながらハッカンの顔を見る。
きっと「お前の事が好きだから」と答えるであろう。
抱いていた時も心も欲しいなどと言っていたのでその可能性は充分ありえる。
思ってもいない事を言うものだな、とレンジャクは思った。
自分にはそんな真似は出来ない。
思ってもいない相手に体を許す事も、出来ない。
「………」
そう思うと急に顔の辺りが熱くなってきたのが分かった。
考えてみれば今思っていた事は自分が
ハッカンに対してどう思っているかを肯定する事になる。
……好きなのだ、彼の事が。
抱かれている時本当は「好き」と言ってしまいたかった。
だがどうしても言えなかった。
恥ずかしかったというのもある。
だがもっともの理由は、彼に負担をかけないためだ。
好きでもない相手を抱いて、想われては彼が可哀相だと思った。
だから、言わなかった。
だってハッカンはイカルを思っているのだから。
(……馬鹿な奴)
抱いたらこうなる事も少なからず感じても良いものを。
想われない自信でもあったのだろうか。
(……俺も馬鹿、か……)
ふと自分も相手を馬鹿に出来ないほど愚かだという事を思い出した。
前までは密かに思っているだけで良かったはずなのに。
今は何故だろうか。
彼の心を占領したいとでさえ思うようになってしまった。
自分の事を見て、聞いて、触れて欲しいなどと思ってしまった。
だがそれは叶う事のない願いだろう。
彼の想い人は自分ではないのだから。
「…………」
レンジャクはゆっくりと起き上がり、隣で寝ているハッカンを見下ろした。
やがて顔を近づけ、耳元で囁く。
「……ハッカン」
「………」
返事はない。
どうやらまだ眠っているようだ。
「………」
だが好都合かもしれない。
レンジャクはハッカンの髪を撫でた。
そして閉じられている瞼を見て、思う。
「………」
抱かれていた時、彼の瞳の奥に映っていたのは誰だろう。
本当に自分だったのだろうか。
本当は、ハッカンの想い人であったとしたら。
「………間抜けだな、俺は……」
自分をあざ笑うかのように呟く。
しばらく経った後、撫でていた手を止め頬に手を添える。
頬を添えてもハッカンは起きるそぶりもない。
まるで自分が置いてかれたかのような感覚に陥った。
「…………」
何を馬鹿な事を思っているんだ、と思った。
そもそも気持ちならもうとっくのとうに置いてかれている。
決して届くことのない所まで。
(……それでも)
もし、彼は自分の事を見ていなくても。
自分の事を想っていなかったとしても。
俺は、きっと。
「………ん」
「………」
気が付くとレンジャクはハッカンの唇を塞いでいた。
そのキスはただ唇を重ねるだけのものだった。
とても幼稚に見えるかもしれないがこれがレンジャクにとっての精一杯の感情表現だった。
短いキスが終わるとレンジャクは何事もなかったかのようにハッカンを見下ろしていた。
だけど、確実に自分の中で何かが変わっているのが分かった。
その何かの正体は分かっていた。
だけどそれを思うのは卑怯な気がした。
でも、少しだけなら。
少しだけならそれを素直に言ってみたいと思った。
レンジャクはそう思いハッカンの耳元で辺りに聞こえないほどに小さく、呟く。
「………好き……」
先ほどいえなかった言葉を、吐く。
「…………から………欲しい……」
最後の方は何を言ったかレンジャク本人もよく憶えてない。
ただとても我が侭な願いをした、という事は残っている。
叶うはずなどない、願いを。
「………」
やがてレンジャク再びハッカンの腕を枕にして横になった。
心臓が大きくなっているのが分かった。
なんて事を言ったのだろう、と今更ながら思った。
が、あれが自分の今の素直な気持ちだ。
最初で最後の我が侭だ。
(………困らせたくないから、な……)
だが自分の心の中にあるこの気持ちだけは変わらないだろう。
たとえ今の我が侭で彼に嫌われようとも。
恋焦がれる、この気持ちは。
ずっと、心の中にある。