そうやって互いに互いを想いながら抱き合っていると先にレンジャクの体がビク、と反応した。
強く締め付けられる感触にハッカンは終わりが近い事を悟る。
「っ……ああ………っ。…ハッカンっ……」
背中に回された腕が自然と強くなり、レンジャクはおそるおそるハッカンを見上げた。
ハッカンは優しくレンジャクに笑いかけると彼が言いたい事を理解し「…いいぜ」と諭した。
「オレもいくから………っく、出せよ…レンジャク……っ」
強く締め付けられる感覚に耐えながらそう囁くとレンジャクは黙って頷いた。
そうしてハッカンに掌でぎゅっと掴むと先走りが段々と溢れ、限界に近付いた。
「くぁっ………ああっ……っく………ッカン、ハッ……んっ!」
ハッカンの名を呼ぶと当時に白い液体がとめどなく溢れた。
それはハッカンの掌を汚し、彼の腹に少しだけかかる。
「レンジャクっ……」
一定のリズムを刻みながら流れるそれを掴みながら
ハッカンも少し遅れてレンジャクの中へ欲望を吐き出す。
「っ…………ああ…………ん……」
中に溢れ出したそれをすべて受け止められずハッカンのシーツをぽた、と汚した。
ハッカンは掌にあった精液を舐め取り、レンジャクの腰を浮かして
ゆっくりと萎えたそれを抜き出す。
「んっ……」
抜いた時の感触が気持ち良く、つい声を漏らしてしまう。
そうして行為が終わった後、荒い息を整えながらハッカンは満足したように笑みを向けた。
「はぁ、はぁ…………お疲れさん」
「………はぁ、はぁっ……」
レンジャクの乱れた髪を整えながら優しく囁かれレンジャクは顔を赤らめてしまう。
そうしてハッカンに抱き寄せられると安心したようにハッカンへと縋った。
…それが一時の安らぎだと分かっていても、縋った。
「はぁ…はぁ……。レンジャク………」
「……何だ……ハッカン……」
お互いに息を整えながら相手の名を呼ぶとハッカンはレンジャクをベットへと押し倒す。
そうして押し倒されたレンジャクは半ば分かっていた事だけにため息をつく。
「……やりたりねぇ……」
そう呟いた刹那、ハッカンはレンジャクの耳元へ顔を寄せ、耳たぶを甘噛する。
「んっ……馬鹿………盛りの突いた犬か、お前は……」
耳に甘噛され、感じながらも悪態をつくレンジャクを見下ろしながらハッカンは余裕そうに笑う。
こういった事を言うがレンジャクは別に嫌がってない事ぐらいハッカンには分かるのだ。
そうして自分の大切な恋人を愛しく想いながらハッカンは格好つけて、耳元で囁く。
「……愛してるぜ、レンジャク」
「………似合わないからやめておけ」
レンジャクは何だか気恥ずかしい言葉だなと思いながら
ふ、と微笑しハッカンの唇を拒否せず受け止めた。
「………時間、か」
小さな窓から見える月を見つめながらレンジャクは一人、そう呟く。
今晩…日付が変わるその瞬間、決行するとあのお方に言われた。
なので少し前に早めにいかねば、と思いレンジャクは脱がされていた服を着直す。
そうして鏡を見ながら上着を羽織ると首筋や胸の辺りにある赤い痕を見つけた。
「…………馬鹿」
胸元はともかく首筋だと少しだけ見えてしまう。
…きっとハッカンの事だからそれを狙ったのだろうとは思うのだが。
「………」
呑気に寝ているハッカンを叩き起こして殴ってやりたい気分だったが
きっと起こしたら「どこへ行くんだ?」などと聞かれるに違いない。
部屋に行く、とでも言えば出れるだろうかとも思ったが「もう少しここにいろよ」
などと言われるのが目に見えているのでレンジャクは起こすのをやめた。
…それにきっと今ハッカンの声を聞いたら、躊躇ってしまうと思うから。
もし彼が引き止めても…きっと他の神無ノ鳥が自分を迎えに来るだろう。
…逃れる事は出来ないのだ。この運命からは。
「………ハッカン」
弱々しく、ハッカンの名を呼ぶ。
しかし返事はない。…寝ているのだろう、数回ほど体を重ねて疲れているだろうし。
レンジャク自身も疲れてはいるのだが主との約束を破るわけには行かない。
…本当はこのままハッカンに抱かれながら朝を迎えたかった。
だがしかし…それは叶わない。
『レンジャク……気付いておるか…?』
『……何を、ですか?』
ある晩―レンジャクは常闇の主に呼ばれ彼の元へと訪れた。
始めはただの仕事だと思っていた。…それ以外に呼ばれる理由がないから。
だがしかし常闇の間に着いた時あのお方から出た言葉は意外なものであった。
『お主の中に……出来ておるのだ。……鳥形の、魂が』
『…………!!』
レンジャクは耳を疑った。
魂など生まれて持ったものだと信じ込んでいた。
出来るものだと知ったのはその瞬間。
軽い衝撃と自分にそれがあるというどうしようもない不安に襲われた。
『最近のお前は……任務成功が少ないように思える……それはきっと……魂によるものだ。
任務をこなせない神無ノ鳥は……神無山から……排除される。
…イカルの件で、分かっておるだろう……?』
『……分かって、おります……』
彼の名前が出た瞬間―神無ノ鳥ではなく一人の人間として地上へ降り立った元仲間を思い出す。
彼にはもう自分の姿は見えないけど…それでもレンジャクは仲間だと思い続けている。
そんな彼と同じ経路を辿っている自分に対し以前から滑稽だと思っていた。
あんなに注意していたのに…自分も同じ事をやっているなんて思いもしなかった。
そんな事を思いながらもレンジャクは主の言葉を黙って待つ。
『そこで…だ。お前に与えられた道は3つ……
1つ目は…イカルと同じく人間界に人間として転生する事……
2つ目は…魂を抜かれ昔のように神無ノ鳥らしく戻る事……
3つ目は…この私に吸収される事……
……私はお前には…転生してもらいたいと思っているのだが……ここはお前の意見を尊重しよう……』
『………』
このお方―斑鳩様は妙な所で優しいと思う。
自分を慰めものにしている最中にも気がついたのだが
ただの神無ノ鳥である自分への配慮もきちんとあって…
行為が終わった後いつも「すまないな」と言ってくれていた。
そんな優しい斑鳩様だから、きっとハッカンに言われるまでこの関係を続けようと思ったのだろう。
始めに魂の話をされた瞬間からレンジャクの中で答えはすでに決まっていた。
……こうするのが正しいのだと、思う。
だからレンジャクははっきりと答えた。
『私は……最後まで、神無ノ鳥らしくありたいと思います…。
人間界など憧れも何もありません。……だから、私は…消える事を望みます。』
その言葉を聞き室内に冷たい空気が流れた。
斑鳩様の驚いたような声と共に、凍えるような感触を肌で感じる。
『……そう、か……2つ目の選択肢を選ばなかったのは……何故だ?
神無ノ鳥らしくありたいのならば……また昔のように生きる事を望んでも…いいはずだ……』
『……どうせ神無山にいれば、きっとまた私は魂を持ってしまうでしょう。
ならばいっそのこと……消えるべきなのです。私は……』
きっとこの神無山に―いや、きっとこの世にハッカンがいるかぎり魂を持ってしまうのだろう
ならば魂を捨てずに…彼との思い出を胸に抱きながら吸収されるべきだと思う。
そう思ったから……2番目の選択肢は選べなかった。
斑鳩様はそれ以上説得などもせず、レンジャクの意見を尊重してくれた。
『……ならば明日の……深夜丁度に…お前を私の一部として吸収する。
……それで異論は無いか、レンジャク……?』
『…ありません。』
そうはっきりと答えてレンジャクは、常闇の間を離れた。
そうして荷物を整理して…今日やっとハッカンの元へとやってきたのだった。
「……………」
ハッカンの背中にある爪痕を見ながらレンジャクは感傷に浸ってしまう。
……さきほどまであんなに互いを求め合ったのに。
もう抱き合う事は出来ない。
……自分は明日にはもう、姿も形もないのだから。
そう思うと自然と手がハッカンへと伸びたが、今触れたらきっと行きたくなくなる。
なのでレンジャクは寸前で堪え、触れようとした右手をぎゅっと押さえた。
そうしてそれを胸にあてながら小さな声で呟く。
「………有難う」
こうやって自分を抱いてくれたり、優しくしてくれたハッカン。
きっと明日いなくなっていた事を知ったらハッカンは怒ってしまうだろう。
自分の事など嫌いになってしまうのだろう。
でもそれでも…自分はハッカンとの思い出を胸に抱きながら消えたいから。
…だからハッカンが嫌っても……いい。
レンジャクはそう思いながら音を立てないように扉を開いた。
そうしてハッカンの後ろ姿を見ながらふ、と笑う。
最後には笑っていたいから、笑顔で言う。…別れの言葉を。
「………それでは、な」
その日以来レンジャクの姿を見たものは誰もいない。
同僚の神無ノ鳥ですら気が付かないその少年の姿を一人、覚えている青年がいる。
彼は一人俯きながら小さな花を見つめ一人小さく呟いた。
「……勝手にいなくなんなよ………」
草原の下一人呟いていたその青年を見たものも、誰も居なかった…。