Time goes by
空気音をたてながら自室の扉が自動で開く。
「………」
暗い部屋。電気一つついていない閑散とした空間。
妙に肌寒さを感じながらもイザークは自室へと入る。
何だか電気をつける気力もなく、イザークはそのままドサ、と自室のベットに倒れこんだ。
今日の任務は疲れた。
地球軍のモビルスーツを撃破する事。
それはいつもと変わらない任務なのだが今日は少しだけ違っていた。
クルーゼ隊の他に他の所属隊が一緒にいての、任務。
それも慣れている。だが慣れなかったのはザフトの新兵器を使った戦闘だったからだ。
動けない地球軍の敵を倒して喜んでいるザフト軍。
…そんな奴等とは仲間だとは思いたくない自分が、そこにいた。
自分より強い者を倒してこそ、勝利という名の勲章を得るに相応しい。
弱いもの虐めなどして何の意味があるんだ。
そう思ったからイザークは命令違反だろうと、すぐさま戦線を離脱した。
…動けない敵を倒しても気分が悪い。
そんな事を思いながら自室へと戻ってきたのだった。
「………」
弱い者虐め。
イザークは「お前は人を見下したような表情をする」なんて言われた事がある。
誰だったかは忘れたがその一言が未だに頭にこびり付いて離れない。
…確かにニコルを小馬鹿にしたりしていた。
だけど少しだけ臆病者のニコルを認めていた部分もあったりしたのだが
やはり見下していた、という表現で現すのが正解だった。
それと生涯のライバルであるアスラン・ザラ。
アスランとの場合負けず嫌いな性格が出て、絶対奴に勝ってやると必死になって頑張った。
だが案外勝って見下したかったのかもしれない。
…そうして思い出していくうちにとある人物の事を思い出した。
「…………」
イザークは暗闇の中一人、隣のベットへと近付く。
彼とは同じ部屋で過ごした。
自然と気が合うのか意見の対立などせず、ずっと一緒にいた人物。
ディアッカ・エルスマン。
それが彼の名前。
ディアッカはMIAと判断されザフト軍から軍事登録を抹消されていた。
オーブ海岸沿いで起こった戦いでディアッカは行方不明になったのだった。
最初は「絶対生きている」と信じていた。
しかし通信もバスターも発見されていないこの現状で何故信じられるのだろう。
なのでイザークも自然と「ディアッカは死んだ」と思い始めていた。
それを決定打にさせたのは遺品整理を頼まれた時だった。
ニコルの遺品整理、そしてディアッカの遺品整理をしていくうちに諦めがついたのだった。
悲しいを通り越すと諦めという気持ちに変わってしまう。
諦める事でしか辛さを乗り越えられないそんな弱い自分を苦笑するしか他になかった。
「………ディアッカ」
彼の名を口にしても、いつもの返事など聞こえるはずもなく。
寂しい思いを抱えながらイザークはそっとディアッカのベットに横になった。
シーツを握り締めながら思い出す、この部屋で起こった出来事。
最初に求めたのはどちらだろう。
気が付いたら自然と互いに体を重ねていた。
視線を上げれば間近にあるディアッカの顔。
額に汗を滲ませながら動くその姿をイザークは夢心地で見ていたのを憶えている。
この痛みが互いのものが擦り合わせる痛みだとは信じがたくて。
まるで夢を見ているようだった。
いつもの自分とは思えないような嬌声を上げて、脚を開いて。
最初は何でこんな事と思っていたのに。
気が付くと自分からディアッカを求める事がしばしあった。
その時のディアッカのあの嬉しそうな笑み。
…その笑顔が何故だか忘れられないでいた。
「………馬鹿め」
シーツにかすかに残るディアッカの匂いが寂しさをますます募らせる。
死ぬまで頑張られとは誰も言っていないのに。
自分の性格をわかっているなら置いていくなんて事しないはずだ。
人一倍寂しがり屋のイザークを知っているならば。
「……くそぉっ!!」
思いっきり力をこめて叩いてはみたもののそこはベット。
布団が柔らかすぎて叩いてもすぐさま戻った。
八つ当たりした気分になれなくてすぐさま別の物に当たろうとしたが
虚しいし片付ける者もないのでやめておいた。
「………っ………く…」
いない事への寂しさがつのり、イザークは涙を零す。
不機嫌な自分を優しく受け止めてくれるあの瞬間が好きだった。
イザークのご機嫌取りに一生懸命になってくれる時の彼は普段より優しく思えて。
そんなディアッカだからこそ八つ当たりができたのだ。
しかし彼がいない今どんなに直球的な苛立ちをこめて八つ当たりしても
受け止めてくれる人も、優しく抱きとめてくれる人もいない。
ただ静寂とした空間に一人だけ。
ディアッカもアスランもニコルも、もういないのだ。
「くっ………そ……」
泣くだなんて惨めだと思い必死に止めようとするが涙はとめどなく溢れて。
止めようとすればするほど流れていった。
「………ディアッカっ……」
アスランが転属命令を受けた事、ニコルとミゲルとラスティが死んだ事、
それも悲しい事なのに思い出すのはディアッカの事ばかり。
…それは一度触れ合った事による愛情によるものか。
それともあんなに一緒だったのに、突然居なくなった事への寂しさか。
イザーク自身にもよく分かっていなかった。
ただ分かるのは自分が悲しんでいる事だけ。
「………ィアッカ……!!」
ディアッカのベットにある枕を抱えながらイザークは涙で濡らす。
枕には確かにディアッカの匂いがした。
…でも匂いなんていつしか消えてゆくものであって。
こうして彼がいた印を辿れる事もいつしかなくなる。
…そうやって忘れられていくんだ。
この部屋から。
ザフトから。
…すべての人から。
「…………っく」
声を押し殺して泣きながらイザークは抱えていた枕をゆっくりと離した。
…こうやって彼の物に触れていると感傷的になってしまう。
だからベットからも離れよう、と頭では理解しているものの離れられずにいた。
何故、とも思ったがきっとディアッカのベットで寝る事が多かったからだろうと悟った。
抱きしめられてディアッカの胸で眠るのが、好きだった。
一定の音を奏でる、心臓の音。
あまり寝付きのよくないイザークでもあの温かい体に包まれると自然と眠ってしまう。
…傍にいて不快ではなく、落ち着いてしまう存在。
イザークにとってディアッカとは無くてはならない存在だった。
恋愛感情を抜きにしても。
ずっと一緒にいる時間が続くと思っていた。
ずっとずっと、一緒に……
「………ん」
少し落ち着いたイザークは軍服から寝間着に着替え、ディアッカのベットに潜り込んだ。
彼の匂いがする布団は心を落ち着かせ、眠れない体を眠らせてくれると思った。
…だけどやはり、眠ろうとしても眠れなかった。
やはりディアッカの体がないと駄目なのだと分かった。
…どんなに彼の匂いがするこのベットでもやはりディアッカがいないと落ち着かなくて。
結局眠れないでいた。
「……………」
これからどうすればいいのだろう。
導いてくれるものはクルーゼ隊長のみ。
だが最近の隊長の不穏な行動は目に余るものがある。
ナチュラルの女など連れて来て何になるというのだろう。
「………結局、信じられるのは己が身のみ、か……」
誰も信じる事が出来ない今、信じられるのは自分のみ。
…そんな人生を歩むのも良いだろう。
そう思いイザークはふ、と微笑した。
結論を出し、やる事がなくなってしまったので体だけでも眠る事にした。
意識だけはやけにはっきりしているがいつ出撃命令が来るか分からない。
ならば体だけでも眠るに越した事はないのだ。
イザークは瞼を閉じ、思う。
あの日の事。
あの時感じた感情。
あの日の温もりを忘れないようにと。
「………ディアッカ……」
彼に触れられた部分を指で弄りながら頬に一筋の涙が流れた。