視線の先にあるもの。
大好きな人に認めてもらいたいと思うのは我が侭だろうか。
「ぅおりゃ――――!!戦吼爆ッ破!!」
ドゴォッと物凄い音がしたと思うと樹木か横に揺れた。
その樹木から小さな葉がはらはらと地上へ舞い降りてくる。
その葉が髪につき、パッパと払うとロニがくるりとオレの方を見る。
そうしてオレの表情を見るなり「どうよ?俺の素晴らしい技は?」と言いつつにんまりと笑った。
「…………す、凄いね、ロニ。」
何だか目を輝かせて言うロニに「いっつも見てるじゃんか〜」などと文句を言ったら
とても落ち込みそうなのでオレは黙っている事にした。
そう呟くとロニは満足そうに「そうだろう、そうだろう」と云々頷き、
武器を片手にオレが座っている岩場へと腰掛ける。
「しっかしどうした、カイル?
お前が俺の修行している姿が見たいなんて言うなんて初めてじゃねぇか。」
そう問われ、オレはドキ、と心臓の鼓動が早まった。
実は今、こうしてロニが修行しているのはオレが「見て見たい」と言ったからだったのだ。
理由は……まぁ色々とあるのだが、オレは当たっているようで当たってない返事を返した。
「……えーっと……ほ、ほらロニは強いからさぁ、ためになるかと思って!!」
内心嘘がバレないかヒヤヒヤしたがロニは一瞬間を置くと「…ほー」と惚けた様に呟き、
オレの頭をくしゃくしゃ、と撫でた。
「そうかそうか。修行熱心なのは良い事だぞ〜。」
ぼさぼさになった髪を直すように髪を整えながら、カイルは愛想笑いを浮かべた。
…バレてないだろうか。
ただでさえオレとロニは小さい頃からの親友なのだ。
嘘かどうか読める確率が他のメンバー達より高いような気がする。
だがオレは裏表のないロニの笑顔を見て気が付いていないんだ、と勝手に解決する事にした。
そうしてしばらく他愛もない会話をしていると話はいつの間にか戦いの話に戻る。
例えばこの間奥義を覚えたとか、俺奥義はこう出すんだ、など。
きっと話が戻るのはおそらくロニの修行熱心さが原因だろう。
オレも修行などはやってきたがアタモニ神団で本格的に修行した
ロニに比べればまだまだひよっこだなぁ、何て思う。
ロニは打たれ強いし、体力だってオレよりあるし。
…オレなんかまだまだだなぁ、って思ってしまう。
「………ロニは良いよね、強くてさ」
オレは無意識的に心で思っていた事を呟く。
とても小さな声だったのにちゃんと聞こえたのかロニは少し驚いた表情をした。
そうしてオレの顔を覗き込みながら、首をかしげる。
「……何かあったのか、カイル?」
その言葉にオレは心臓が飛び跳ねるぐらい、動揺した。
顔には出さないように、と意識したのだが元々出やすい所為かロニに気付かれたようだ。
オレはヤバイ、と思いながらも話を逸らそうと一生懸命別の話題を振る。
「そ、それよりオレお腹空いちゃったよ。ロニ、皆の所に行って何か食べない?」
「…………」
ロニはどうも納得がいかないような顔をしつつも「そうだな……」と答えてくれた。
さっさと話を終了させたかったオレは明るく振る舞いながら
「じゃあリアラ達の所に行こうか」とすっと立ち上がる。
ロニは不審な態度でいるオレをじっと見つめながらも何も聞いてはこなかった。
…多分ロニなりの優しさだと思う。…言えば親身に相談に乗ってくれるだろうけど
言いたくない事は無理に言わせようとはしない。
…そんなロニに感謝しつつオレとロニは修行を一時中断し、宿屋へと戻っていった…。
最初はどうでも良かったんだ。
だってあいつは仲間で。ずっと仲良く一緒にいれればいい…そう思っていた。
だけど、好きになって…認めてもらいたいって思うようになったんだ。
だから強くなって…認めてもらおうと思った。
…守られないようにと、願った。
だけどオレはどんなに頑張っても強くなれなくて…
そしてあいつが歴史に残る裏切り者だと知って…驚愕した。
彼の正体にも驚いたけどそれより何より別の事が頭を支配して。
……もしかして、オレを守りたいんじゃなくて、
スタンとルーティの息子であるオレを守りたいんじゃないかって。
…そう思ったんだ。
「はい、沢山食べてね」
大盛りの白飯が入った茶碗を受け取りオレは「有難うリアラ」と笑顔で返す。
宿屋に戻ったオレ達は宿屋の女将さんが作ってくれたご飯で夕食を迎えていた。
女将さんの作る料理は普段食べているナナリーの味付けとはちょっと違い
始めはなれなかったのだが次第にこれもこれで美味しいんじゃないかと思うようになった。
…少し薄い味付けのような気もするんだけど。
そうして美味しくご飯を食べていると自然と視線が彼の方へと向く。
夕食時だというのに被っている骨の仮面もとらず、ただ黙々と箸を動かしている少年。
…ジューダス。オレ達の仲間で、何でも知っている博学な少年。
一緒に旅をしている時色んな事を助言してくれるのでよく知っているなぁと思っていたのだが
後にそれは彼の英才教育によるものだと知りちょっと驚いた。
…最初は憧れていただけだったんだ。
強くて頭良くて格好良いジューダス。…オレにないものばっかりもってて羨ましかった。
なのにいつからだろう…オレはジューダスに憧れ以上の感情を抱くようになった。
…大好きなんだ、オレは。…ジューダスの事が。
だから時たま見せる彼の寂しそうな表情を見ると胸が酷く締め付けられるし、
彼が誰にも頼らずに1人でやってのけようとしている姿を見ると酷く苛立つ。
…オレを頼ってくれても良いのに。
そんなに頼りないかな…?
………頼りないかもしれないなぁと思い、オレは深いため息をつく。
…強くも無いしジューダスを助ける事も出来ないオレに一体何が出来るんだろう。
どうせ頼られても頼り返してしまうのがオチのような気もする。
…無力だな、オレって。
頼って欲しいのにそんな力量オレにはなくって。
…だから強くなろうって決めたんだ。
ジューダスと渡り合えるぐらい対等な存在になりたいと、願った。
…認めて欲しいんだ……
だけどオレは生まれながらにジューダスとは対等にはなれないのかもしれない。
…だってオレはジューダスの…リオンの仲間だった父さんと母さんの息子なんだよ?
裏切った仲間の息子なんて…どんな事したって彼等の息子としてしか見てくれないじゃないか。
……そう思うと、惨めな気持ちになる。
決して逃れられない血縁関係を恨んで何になるっていうんだ。
それに…親の所為にして一体何になるっていうんだ。
確かにオレを守る理由は父さんや母さんの息子だからなんだろうけど……
でもそれで父さんや母さんを恨むのって筋違いな気がする。
ただ理由が欲しかっただけなんだ。
『スタンとルーティの息子だから対等に認められないのは仕方が無い』って。
認めてもらいたいならそれなりの強さを見せればきっとジューダスだって認めてくれる。
だけどオレは強くなれない自分を父さん達の所為にして…逃げてたんだ。
…こんなんじゃ、認めてもらえないのは当たり前だよ…。
「………カイル?」
ジューダスに名を呼ばれオレは意識を現実へと戻すと当時に顔が真っ赤に染まった。
ジューダスに呼ばれた。それだけでもオレは嬉しくなってしまったのだ。
「な、何?ジューダス??」
突然呼ばれた経緯が分からずカイルは動揺しつつ視線を逸らした。
…ジューダスのオレを見る視線が真っ直ぐすぎて直視できなかったのだ。
「……先ほどから僕をじろじろ見ていたから…何事かと思ってな。……どうかしたのか?」
淡々とそう呟かれ、オレは再び顔を赤く染めた。
…見ていた事がバレていた羞恥の所為で真っ赤になったのも確かだけど
何よりジューダスがオレを心配してくれているのだと分かったのが嬉しかった。
…よほど惚れているんだろうか。ジューダスに。
(……って駄目じゃんオレ)
心配させたくないと、認めてもらおうと思っていたのに嬉しがっちゃ駄目だ。
オレは作り笑いを浮かべつつ「な、何でもないよ」と呟くと何か理由をつけなきゃ、
と思っていた所ちょうどジューダスが食べていたデザートが目に入る。
「そ、そのデザート食べようかどうか迷ってたんだ!美味しい、ジューダス?」
「………?ああ、美味しいが……」
オレの態度があからさまに嘘臭く見えたのかジューダスは不思議そうにオレを見つめる。
だが一応は誤魔化しがきいたものと判断し、オレはわざとらしくデザートを手に取る。
「良かったー。じゃあ食べよう!」
いちごを沢山盛り付けしたストロベリーアイスをオレはぱく、と口に運ぶ。
口の中で苺の甘さとひんやりとした感触に赤く染まっていた頬も治まる勢いだ。
「あー、美味しい」
…さすがにわざとらしかっただろうか、と思いジューダスをちら見すると
彼はもうオレの方など見ていなくてデザートを口に運んでいた。
……ありがたいと思うと同時にちょっと寂しいような気もする。
そんな事を思いながらデザートの味を楽しんでいるとふと視線を感じた。
「………?」
不思議に思ったので視線がしたような気がした先に視線をやると
誰もオレなんて見ていなかった。
ただ先ほど見た風景とは違う所といえばロニがナナリーに頼んでお代りしているぐらい。
…もしかしたらジューダスがオレの事見てたのかな、と思ったけど
黙々と黙って食事しているジューダスを見ているとどうもその線は薄い気がする。
オレは気のせいにする事にして食事に集中する事にした。
……謎の視線は、食事が終わるまで続いた。
認めてもらえないと分かると虚しくなるもので。
それと同時にオレはやっぱり父さんを越せないんだな、と理解してしまう。
…そう思うと昔ジューダスに言われた一言を思い出す。
あれは、ハイデルベルグ城で言われた言葉。
―お前を見ているんじゃない、スタンの息子としてお前を見ているんだ
……それはジューダスも同じじゃないの?
ジューダスだって…きっとオレの事なんか見てくれてないんだ。
きっと父さんという存在がいなかったら…オレなんかと一緒にいてくれないんだ。
……悔しいよ、ジューダス……
ジューダスもオレを見てくれないんだね……
冷たい風が体を撫でた。
その感触に身を震わせながらオレは1人、見晴らしの良い丘へと来ていた。
風呂に上がった後、少し体が熱くなっていたので気分転換にここへ来たのだが…
むしろちょっと肌寒いような気がした。…湯冷めしそうな勢いだ。
「寒〜……」
両手を擦りながらオレは目を細めながら丘から広がる街の景色を眺めていた。
…綺麗だなぁ。
丘から見る景色は街と海岸が一望出来て…
昼間に来たら海が光っててもっと綺麗なんじゃないかなぁと思った。
そう思いながらオレは草原へと腰掛ける。
ただぼーっと景色を見に来たわけじゃないのに自然とそうさせてしまう。
…自然の力って凄いと改めて理解した。
「………」
そう思いながらも自然と先ほどまで考えていた事が脳裏に蘇る。
…ジューダスの事をさっきからずっと考えていたんだ。
頭が痛くなるぐらいずっと、考えていた。
だけどどうしても考えがマイナスの方に向いてしまい、オレは思わずため息が出る。
…昔ロニに「お前はどうしてそう楽観的に考えるかねぇ」と言われた事があるのだが…
何故だろう、ジューダスの事になるとどうしても楽観的に考える事が出来ない。
…むしろ後ろ向きに考えてしまっているような気がする。
一体どういう差なのだろうか。
(………自信ないのかな、オレ)
確かに自信がないのは確かだ。
…だってオレがジューダスに好かれる要素なんて一つも見当たらないし。
やっぱり父さんが影響しているのかな、と思った。
…オレ、父さんの息子だし、父さんに似ているらしいし。
昔を思い出させて懐かしいのだろう、オレの顔が。
「…………はぁ」
オレは自然と深いため息が出た。
そうしてがくりと俯いてしまった。
……ああ、何だか駄目だオレ。
何で父さん恨んでるんだろう……理想の父さんなのに。
そう心の中で呟いたその一言が、オレを驚愕させた。
そうして自分の掌を見つめながらある考えが頭を占める。
(………理想だから、恨んでるんだろうか……)
理想に近づけない自分。……どうやったって父さんのような英雄にはなれない。
だからオレは…妬んでしまうのだろうか。
…なれないから、恨むのだろうか。
……もし父さんのような人物だったら、オレはジューダスに認めてもらえた……?
恨め。
「…………っ」
頭が砕けるように痛い。
その痛みにオレは思わず頭を抱えた。
頭の中から声が響く。
『恨め』と声が、する。
「嫌だっ………」
その声を追い払おうと頭を振るが声はなおも頭に響く。
……自分が怖い。
こんなにも醜い奴だなんて思わなかった。
父さんを恨むなんて……今まで一度もなかった。
だって父さんはオレの憧れる英雄なんだ。
そう、憧れの……英雄………
ジューダスがオレを見てくれないのは父さんの所為だ。
父さんさえいなければ…ジューダスはオレを認めてくれたかもしれない。
……何で父さんは何でもオレより先に何でもやっちゃうんだろう。
何でオレは先に生まれなかったんだろう。
……憎い。
父さんが憎いよ……
オレの知らないジューダスを知っててずるい。
……何でオレより先にジューダスと出会ったの?
何でオレより……ジューダスを知ってるの?
……何で。
――――――なんで
憎め。
「嫌だぁぁぁっ!!」
目の前がぼやけてみえる。
ああ、泣いてるんだオレ。
涙は溢れ、ちっとも止まってくれない。
ぼろぼろと泣き出したオレはその場に泣き崩れた。
嗚咽を漏らしながら、泣いた。
声を押し殺す事もしないでそのまま大声で、泣いた。
嫌だ。
こんな気持ちになるのは、嫌だ。
こんな惨めなオレ……嫌だ!
「っく…………ゃだ………」
泣きじゃくって腕で涙を拭いて。
そうしてしばらく泣いていたら……正面から草を踏み分けてくる足音が聞こえた。
オレを見つけても走ろうともせずただゆっくりと歩いてくるその姿を見てオレは驚いた。
「…………ス」
ぼやけている視界でもはっきりと分かるその人影。
名を呼んだはずなのに声はちゃんと音を響かせてくれなくて。
オレは鼻を啜りながら、歩いてくる人影を見上げた。
そうしてオレの近くへ来たとき、人影はオレに高さをあわせて、その場に膝をついた。
「………泣いてるのか?」
……同情も驚きも篭っていない、抑揚のない声。
理由も何も聞かないのは彼なりの優しさだろうか。
オレは少し感謝しつつも寂しさを憶えた。
「……見りゃ分かるじゃん…………」
八つ当たりする子供のようにそう呟くとジューダスは申し訳なさそうに顔をゆがめた。
「……すまない…立ち入った事を聞く気はないんだが気になって…な」
……そんな顔しないでよ。
オレのただの我が侭なんだから。
そう思っているとジューダスはぎゅっとオレを抱きしめてくれた。
寒空の中身近に感じるジューダスの体温がとても暖かくて。
…オレは再び嗚咽を漏らした。
ジューダスの胸に縋って泣いた。
「ジュ………ダスっ……」
声を出そうと思っても言葉にはならなくて。
そんなもどかしさを慰めるかのようにジューダスはオレの背中を優しく擦ってくれた。
…ジューダスの優しさが染みて、オレは涙を流しながら泣き続けた。
泣き止んだのは、少し経ってからだった。
「………落ち着いたか?」
ジューダスに優しく囁かれ、オレは黙ってこくりと頷いた。
あの後オレは泣きついてジューダスを困らせていた。
今彼はオレの隣に座って星空を眺めている。
……冷たい風が吹いた。
オレは思わず目を閉じ息を整えた後へへ、と情けなく笑った。
「ありがとうジューダス……オレ駄目だね、もう歳が歳なのに泣いちゃうなんて…さ」
もう15歳になったっていうのに情けないなぁなんて思いながら頭を掻く。
そう微笑しながら呟くとジューダスは「いや……」と首を横に振った。
「…素直に感情を現せるのは良い事だと僕は思う……だから気にする事はない」
ジューダスの優しい言葉に胸がいっぱいになる思いだった。
オレは目を擦った後心配させたくないという一心でいつものように満面の笑みを向けた。
「…………ありがとう」
もっと言いたい事は沢山あった。
だけど今は…この言葉しか出てこなかったんだ。
…ジューダスは優しいな、と思った。
いつもはオレのためを思って厳しい事も言うのだけれど
その分、こうして優しい言葉をかけられると…妙に胸がくすぐったい。
何だか幸せな気分になったのだが…ふと言わなければいけない事を思い出した。
…ここまで心配させておいて何も言わないというのも可笑しいだろう。
それと…洗いざらい言いたかったのだ。…オレがどう思っているかを。
「……ねぇジューダス」
「……何だ?」
ジューダスは冷静にそう呟いた。
…いつもの事ながら何というかすべてを見通すような表情をしていると思う。
そんなジューダスだからこそオレは好きになったのだろうけど。
…そう思いながら、オレは先ほどからずっと考えていた事を呟く。
オレがどう思っているのかを。
「……オレさ、ジューダスに認めてもらいたかったんだ」
「……………」
ジューダスは何も言わずにオレの話を聞いてくれていた。
オレの言葉を待っているのだ。
…何を言うのか、待ってくれているのだ。
「…ジューダスの事が好きだから…認めてもらいたくって…強くなろうって、思ったんだ。」
そう言い終わった後オレは一息つき、空を見上げながら言葉を続けた。
「でもさ…オレ弱いじゃん。ロニの修行に付き合ってそれがよく分かって…
オレって何でこうも駄目なのかなぁって思った。
…こんなんじゃジューダスに認めてもらえないなぁって思ったら…何だか虚しくなったんだ」
そう言うとジューダスがオレの顔を覗きながら、小さく呟く。
「……それがお前が泣いていた理由か?」
「ううん。そうじゃない。……まぁ、それが主な理由でもあるんだけど…。
…ところでジューダスはオレの事どう思ってる?」
ジューダスは突然話題を振られ少し驚いた表情をした。
だがすぐさま普段のように冷静に振舞い「仲間だ」と呟いた。
…ジューダスらしい答えにオレはクス、と笑うと言葉を続けた。
「………仲間だって、本当にそう思ってる?」
笑いながらそう囁くとジューダスは眉を潜めながら心外そうに顔を歪める。
「…何がいいたい?」
そんな返答をしそうだな、と思っていたので予想通りの答えにオレは悪戯っぽく笑った。
喉からこみ上げてくる笑いを堪えながらオレは呟く。
…心の奥底からこみ上げてくる言葉を、吐き出して。
「本当は…父さんと母さんの息子だと思ってるんじゃないの?」
そう言った後ジューダスは息を飲んだがすぐさま「…当たり前だろう」と口にした。
ジューダスが言う「当たり前だろう」の意味がオレの求めている言葉じゃない事が分かり、
オレは首を横に振りながら笑う。
「そういう意味じゃなくて。…ジューダスはカイル・デュナミスなんか見てないんだよ。
…ハイデルベルグの兵士と同じで…父さんの息子としてのオレを見ている。
………違う?」
「………」
そう問いかけをしてみてもジューダスは黙って返事を返さなかった。
返さないジューダスの表情を見つめながらもオレは思っている事をどんどん口にした。
…後々思ってみれば、きっとあの黒い感情に支配されていたのだと思う。
……頭に響く、あの声に。
「何だかそう思うと…認めてもらおうって考えても意味ないんじゃないかって…思ったんだ。
…どんな事をしたってオレは父さんの息子だし…それは変えられないし。
きっとジューダスもオレの事なんか見てくれないって思ったら…涙が溢れたよ。」
父さんを憎む自分はとても醜い生き物だと思う。
…その醜さをさらけ出した今…ジューダスはオレを軽蔑するだろうか。
…罵るだろうか。
そう思っていると隣のジューダスがゆっくりと立ち上がった。
冷たい風で彼のマントが翻る。
……それがとても美しく見えた。
「………馬鹿だな、お前は」
オレの気持ちを知って呟いた最初の一言はそれだった。
彼らしいと思いつつも自分でも馬鹿げたものだと思っていたので
その感想はちょっと嬉しいものがあった。
「…でもその馬鹿さ、嫌いではない」
「………え?」
予想だもしなかったその感想にオレは一瞬わが目を疑った。
ジューダスは柔らかい表情を浮かべながら、オレに言葉をかけてくれた。
「……人間らしいと思ってな。…ただの馬鹿じゃない事が分かって助かった」
「バ、バカにすんなよジューダスー!!」
馬鹿なんてジューダスに言われ慣れているのに何だか今の言い方はとても優しくて…
ちょっと驚きつつも侮辱された事に反論を示した。
するとジューダスはそんなオレを真っ直ぐ見据えながら冷静に言葉を口にする。
…優しい声音で、呟く。
「…そんな風にお前が思うだなんて意外だった。…少し感心したが、同時に呆れたぞ。
まさか自分が僕に認められない理由を血縁の所為にするとはな。…情けないぞ。」
「…………うん、そうだね」
あの醜い声が心の中にあるオレは物凄く情けない。
…父さんを恨む事でしか現実から逃れられないオレは最低だと思う。
そう落ち込んでいるとジューダスは膝を折りオレに視線の高さを合わせてくれた。
そうして、じっとオレの表情を見つめながら呟く。
「……落ち込むなカイル。…呆れはしたが同時に感心したもの確かなんだ。
…自分の醜い感情を曝け出すなんて…あまり出来る事ではないからな」
……一体どういった感心の仕方なんだろう。
そう思いながらも心のどこかで安心した自分がいて。
…何だか照れくさくなって俯いてしまった。
「………そんな事で褒められても嬉しくないよ……」
突然俯いたオレを見つめながら「すまない」と呟いたジューダスは
オレの頭を撫でながら宥めるように言葉を続ける。
「…だけどお前がそう考えるのも仕方がないと思う。
……僕の行動がそんな風に見えたのが悪いんだろう。」
「!!ジューダスは悪くないよ!!ただオレが勝手に思っていただけで……」
自分自身の行動を否定するジューダスの言葉にオレは顔を上げて否定した。
だがジューダスは「黙っていろ」という目配りを送ると深いため息をついた。
「…確かにスタンやルーティへの罪滅ぼしのために…お前を利用していた。」
「…………」
酷く胸が騒いだ。
……こんな一言でも傷ついてしまう自分が情けないな、と思いながらも
オレは黙ってジューダスの言葉を待つ。
ジューダスは傷ついたオレの表情に気付いたのかオレの頬に触れながら
…オレの視線を真っ向に受けながら、続けた。
「だが…旅を続けていくうちにお前という人物を知って……思ったんだ。
……スタンの息子というカイルを守るんじゃなく、カイルという人物を守ろうと…決めた。
だから僕は……お前という人物を認めている。…ただ1人の、カイル・デュナミスを。」
「―――」
ジューダスは不思議だ。
たった一言でオレの気分を沈めたり、上がらせたりする。
……何だか、黒いもやもやとしたものが一気に洗い流されたような気がした。
…何でだろう。
何でオレはたった一言もらえただけでこんなに泣いてるんだろうか。
……不思議だな。
でもこの不思議さが、好きだな……。
「………だよ」
泣きながら、そう言うとジューダスはふ、と少しだけ笑った。
…その笑みはどういった意味なんだよ、といってやりたかったが
嗚咽が邪魔で言う事すらままならない。
ジューダスの体温が温かくてますます涙が出た。
…寒空の下、涙を流しながらしばらくオレとジューダスはその場に佇んでいた。
……抱きしめ合っていた体を放さずにそのままでいて欲しいと、願い続けた。