大切な人、守りたい人。



パチパチパチ………。
近くの小枝で作った焚き火が音を立てて燃えている。
夜。満月の夜空の下でカイルとロニは森の中で野宿をしていた。
本来ならばとっくにダリルシェイドに着いているはずだったのだが
クレスタから出た事があまりないカイルが興味深々に色んなものを
見ているうちに夜になってしまったのだ。
どうやらカイルは野宿が初めてらしく野宿と聞いて嬉しそうに目を輝かせた。
が、正直ロニにとっては野宿は避けたい事であった。
何故ならば宿屋に泊まるのと違って辺りにモンスターや盗賊の気配はないかと
気を張り詰めて起きてなければならない。ぐっすり寝たいのに眠れないのが結構辛いのだ。
(ま、しゃあねェか……)
そう思い、近くで寝ているカイルの顔を見つめる。
カイルははしゃぎ過ぎたのか軽く何かを食べた後すぐ寝てしまった。
よほど冒険に出たことが嬉しかったのだろうか。
今日のカイルはいつもより機嫌が良かったように見える。
そんな彼を今日一日中見てロニは密かに苦笑していた。
(こいつ、旅に出れた事がよほど嬉しかったみたいだな……)
緊張感の欠片もない寝顔を見てまた苦笑する。
冒険者ともなれば寝ていても周りに視線を巡らせ自らの危機の時対応できるように
すぐにでも戦える準備をしているものだ。
だがカイルはまだそういった事が分かっていないようで武器はロニの近くにある。
ちなみにロニは見張りと火の管理のために起きている。
どうせカイルがそんな気回し出来るとは思っていなかったから、
何となくそうなるな予感はしていた。
(こりゃ睡眠時間があんまり取れそうにもねェか……)
朝も早く起きて寝起きの悪いカイルを起こさないといけないのだから。
そう思うと自然とため息が零れる。



連れてこなければ良かったのだろうか。



(それはそれで怒りそうだけどな、こいつ……)
1人で行って孤児院に戻ったらしばらく口聞いてくれないだろう。
カイルはそんな奴だ。
(………はぁ…)
焚き火の火を小枝で弄くり火が消えないように調整する。
ふと、カイルの口から「ん……」と吐息が漏れた。
ロニが気が付いて見やるとどうやら寝息のようだった。起きた様子はない。
(…爆睡中かい…)



そんなカイルを見ているとふと久々にカイルと再会した時の事を思い出す。
モンスターに襲われたカイルを助けた後おんぶをしてクレスタまで帰った時だ。
あの時、クレスタから旅立って何年も時が経ったと思い知らされた。
カイルの体が最後に分かれた時よりたくましくなっていたし何より身長が伸びた。
体重の方はあまり変わっていなかったので重さについては懐かしいとは思ったのだが…
それでもかなり変わってしまったと思うほど、カイルは豹変していた。
(……性格の方は変わってないけどな)
ロニはくく、と喉を鳴らして笑う。
相変わらず手を焼かせる奴だとロニは思う。
まぁそんな所がカイルらしいと思うのだが。
カイルの寝顔を見てクス、とロニは笑う。
起こさないように静かに動き頭を撫でてやった。
カイルは「ん…」と寝息が出るだけで起きる素振りはない。
呑気な寝顔を見ているとふと過去の出来事が脳裏に浮かんできた。



あの日―スタンが人質になったロニのためにあの男に殺された日の事を。



「…………」
今でもロニを縛るものは、弱かった自分への果てしない後悔と罪悪感。
自分さえ人質にならなければスタンだって死ぬ事はなかったのに
という思いが大人になった今でもずっと心に残っていて。
…だから強くなろうと思ったのだ。
スタンの変わりにカイルを守れるようにと。
スタンが守りたかった人たちを守れるようにと、強く願った。
だからアイグレッテに行くと決めた時、とてもわくわくしていた。
孤児院にお金もいれられるし、何より強くなりたいから。
だからロニは近衛騎士団へと入ったのだ。
…大切な人を守りたいから。



パチパチパチ………
「………」
灰が空を舞う。
その粉を何気なく見つめた後ロニは再びカイルへと視線を落とした。
彼はまったく起きる様子もなくただ安心しきったように眠りについている。
「……ったく、ガキだな……」
こんなんじゃ女1人も守れやしねぇぞ、と呟きながらロニは
寝相によりずれていた毛布をそっとカイルに被せる。
するとカイルは大きく寝返りをうちまた毛布をずらす結果となった。
「………バカカイル……」
そう呟きながら苦笑した後再びカイルの体に毛布を覆う。
今度は寝返りをうたずに、ちゃんと毛布を被らせる事に成功した。
そうして手持ちぶさになってると自然とカイルの方へと視線が向いてしまう。



「………」
幼かった頃のカイルは自分にぴったりとくっ付いてきてくれて、とても可愛いらしかった。
本当の弟のように可愛がって、一緒に遊んだり寝たりもした。
だけどスタンが死んでからずっと思っていた事があった。
ずっと一緒にいたってカイルは俺なんて許してくれるはずなんて無いのに、と。
親友面してずっと傍にいただけの俺を、
真実を知った時カイルはどういう態度をとるのかと思うと不安でたまらなかった。
「お前の所為で父さんが死んだんだ」と罵られるのだろうか?
それとも、自分を殺してしまうだろうか。
父親の死を目の前にして大泣きしてた彼を見ても抱きしめる事も出来なかった自分。
自分が殺してしまった真実が今でも過去に囚われている鎖となり、今もなお縛り付けている。
カイルは自分をどう思っているのだろうかなんて気にする事もしばしばだ。



…だけど決めたのだ。
ずっと傍にいると。カイルの傍にいて彼の成長を見守ると、決めた。
だから自分の居場所はカイルの隣だと思っている。
隣にいてずっと見守ってやりたいと思うから。
それは罪滅ぼしのつもりかもしれない。ただの自己満足かもしれない。
…だけどただ彼を守りたいという願い。それがロニを動かす動力となっている。
だからこの旅に付き合うのだ。カイルと一緒にいたいから。…守りたいから。
「………守ってやるからな」
ロニはカイルのちょっとぼさぼさな頭を撫でながら、小さな声で呟く。
小さい頃から自分に課せていた、大切な人を守る事。
愛する人を守りたいから、自分は今ここにいるのだと思う。
誰かに罵られようとも、自分が生きている理由はここにあるのだと信じて。



「………愛してるぜ、カイル……」
愛されるなんて思わない。でもこの恋焦がれる気持ちはどうしようもなくて。
だから傍にいるだけで満足だと、自分に言い聞かせて今までやってきたのだ。
これからだって、そんな風に生きていこうと思う。
たとえカイルが真実を知ったとしても、それで自分の存在を否定しても、
自分はカイルを想い続けるだろう。
「………命に代えても、守るから…な」
自分に言い聞かせるように呟きながらロニはゆっくりと頭を下げた。
2つの影が1つになり、息苦しそうに漏れた声は風の音によってかき消されてしまった…。