monochrome
白い雪。
黒い空。
白黒で作られたその世界は静寂した空間だった。
音もなく降り続けるそれはまるで止む事が無いかのように、
ゆっくりと降り続ける。
雪原に寝転がりながら見上げる空は酷く暗くて。
それでも雪は酷く白くて。
正反対の色彩を描く空。
そんな空を僕はただずっと見つめていた。
白い雪が頬に降る。
そしてそれは水滴となり、ゆっくりと僕の頬を掠めていく。
…もう寒いなどと感じる事はなかった。
僕がこうして雪原で寝転がってから大分時間が経過しているからだ。
皮膚が麻痺している。
身体がすでに冷え切っているのだろう。
だから何も感じないし、何も思う事もない。
…もしかしたらそれが目的だったのかもしれない。
色々考えすぎて、疲れたからこうやって外へ来て黒い空を見上げていたのだろうか。
あまりにも長い間外に居すぎた所為で地上軍拠点からここまで来た記憶が無い。
それ以前に何故こうしてただ何もせず空を見つめているのか。
…僕自身よく分からなかった。
理由を思い出そうと記憶を探り寄せるとふととある出来事を思い出す。
それは聖女・エルレインが見せた夢。
夢の中でリオン・マグナスは仲間を裏切った。
それは現実でも起こった出来事。
自分は18年前確かに仲間を裏切ったのだ。そしてその時に果てたのも真実。
辛い事から目を背け夢の中で生きていく…そんな世界をエルレインは作った。
だがしかし僕はエルレインが予想だにしなかった夢を見た。
夢の中の僕は仲間を裏切り、斬って、斬って、斬られて。そして倒された。
そうした悪夢が何度も、何度も再生され…ついにあの女は挑発してきた。
『何故お前は幸せを望まない』
…望んだ結果があのような結果だっただけだ。
『お前が望めば…歴史に残る英雄となる事だって出来る』
…望んでない。
地位も名誉…そして大切な人の気持ちも望んでなどいない。
ただ僕は守りたかっただけだ。彼女を。
愛されたかったわけじゃない。ただ彼女を愛していただけだ。
…ただの自己満足なんだ。
…ふと気が付くと思い出そうとした事が過去に遡りすぎている事に気が付いた。
何故今こうして夢の事を思い出すのだろうか。
理由を考えてはみたがどうしても理由らしきものが見つからない。
そしてふと、関係のない話を思い出した。
そういえばこんな話を聞いた事がある。
―雪は忘却の象徴だと。
降りつもり、やがて溶けるその様がその冬の記憶を消し去るようだ、と。
だが僕は忘却したいなどとは思ってない。
そんなのはただの現実逃避だと思うし、その人が作り上げた記憶を否定したくない。
だから僕は仲間を裏切った事など後悔はしたくない。
…ただ仲間を裏切ってまで守りたかった人がいたのだ。
大切な…大切な存在の彼女が。
沈黙を破るように、僕は小さく口を開く。
「………マリアン」
そうして声に出して呼ぶと酷く非現実的なように聞こえた。
彼女の名前を口に乗せ、声に出す事を躊躇っていた。
彼女の事を思い出すと胸に酷く突き刺さるような痛みを覚える。
その痛みは嫌いではない。
だけど未だに彼女の事は整理がついていないのだなとも自覚してしまう。
…彼女を密かに思うだけで良い、そう決めた。
決めたから、過去に縛られているだけの自分である事をやめた。
…僕は『ジューダス』だ。
過去の罪を背負い、大切な仲間のために今生きてるすべてを捧げる。
自分などどうでも良い。…一度死んだ身なのだから。
自分の幸せより他人の幸せを、願う。
願う事が今生きている証なのだから。
…だから。
だから………
ザク、ザク…と積もった雪を踏む音が聞こえる。
それはだんだんと近くへ寄ってきていたので、意識を研ぎ澄まし殺気がないかどうか探る。
だがどうやら殺気の一欠けら所か気配すら隠さない所を見ると
どうやら自分を殺しに来た相手ではないという事が分かった。
では一体誰なのか、そう思いゆっくりと瞼をあげると…
「…………何やってるんだよ、ジューダス」
そこには予想もしていなかった人物がいた。
銀色の髪に灰色の目の―この辺りでは少し肌寒いような格好をした男―
何故か一緒に旅をしているロニが、僕の顔をじっと見下ろしていた。
「………ニ」
奴の名前を言ったつもりが身体が凍えすぎて口が上手く開かない。
ロニもそれに気が付いたのか驚愕した表情で見つめ、僕の頬にそっと触れる。
そうして身体の冷たさに驚きながら冷静に言葉を発した。
「……すげー冷えてんぞ。…ずっとここにいたのか?」
そう問いただすロニに対し僕は短く、単刀に呟く。
「………お前には関係ない」
僕が何をしていようが関係ないだろ、と心の中で付け加えて僕は視線を逸らした。
…ロニはこうやって人に干渉する所がある。
構ってほしくないのに勝手に絡んできて時にはからかったり、
時には心配そうに僕を見つめる。
…そうやって勝手に近付いてくる所が嫌なんだ、こいつは。
頼んでもいないのに勝手に心配したり頼んでもいないのにからかう。
…放っておいてくれれば良いものを。
そんな事を思っているとロニは深いため息を吐いた後
頬に触れていた手を離し、忠告も交えて僕に呟く。
「あるって。風邪引いたらどうするんだよ?
アトワイトさんいないんだから誰も治せねーんだし」
医者のいない地上軍拠点じゃすぐに風邪など治らないとロニは言いたかったようだ。
だがそれは風邪を引いてからの話だ。
こうして雪降る空を見上げた者全員が風邪を引くなどとは限らない。
なので僕は思った事をありのままに呟く。
「…お前と違って健康管理は怠っていない。
風邪を引いたのなら今ごろとっくに戻っている。」
実際危なくなったら戻るつもりはあったのだ。
なのでロニの今の行動は『余計なお世話』という事になる。
そう忠告したのだがロニは気が付いていないのかもしくは聞く気がないのか
この場から離れる気はさらさらないようである。
そうしてしばらく経った後、僕の顔をじっと見つめながら囁く。
「…放っておけないんだよ、お前」
「――――」
そう囁かれ僕は息を飲んだ。
…放っておけない、だと?
理由を問いただそうと何故、と呟こうとする直前にロニが口を開く。
「なんつーかよ…カイルもカイルで危なっかしーけどお前もお前で危なっかしーんだよな。
…全部1人で背負おうとしてる所とか…たまに無茶する所とか、な……」
…無茶などしてない、と言おうとしたが言ってもどうせ否定するだけだろう。
そんな言い争いが面倒になったので僕は話を進めさせる。
「…………それで放っておけないのか?」
「おう。…ま、それ以外にも理由あるんだけどな。…まぁこれは言わなくて良いか。」
「………?」
それ以外の理由とは何だろう、と僕は思った。
きっとどうせくだらない理由だろうが。聞くのも面倒になり僕は再び顔を逸らした。
そうして空から降る雪を見つめる。
白い白い雪は先ほどから一定の間隔で降っていて大雪にはなりそうもない。
そんな雪を見つめているとザク、と雪を踏む音が聞こえた。
音がした方へ視線を向けるとロニが僕の隣に腰かけ、同じように空を見上げていた。
「………何してるんだ、貴様」
ロニの不可解な行動に眉間に皺を寄せる。
「雪見。……お前がやってるの見て面白そうだなぁと思っただけだよ。気にすんな」
ロニはそう言って掌に降りてきた雪を見て嬉しそうに笑った。
…こいつの考えている事は理解不能だ。
放っておけないと言ったからこうして僕の隣で一緒に空を見上げているのだろうか。
それとも単純に雪見がしたいと思っただけか。どちらにせよよく分からない男だ。
ロニは単純そうに見えて実は単純ではないのだと、一緒に旅をしている中で分かった。
普段はおちゃらけて馬鹿そうに見えるが実は割りと深く物事を考える奴で。
そんなあいつも一応23歳だ。年相応の考えも持ち合わせているのだろう。
そのギャップに最初は驚きもしたが馬鹿でない事が分かって少し安堵したような気もする。
だが普段は馬鹿騒ぎしかしないのでただの馬鹿共と変わらなかったりするのだが。
だけど…今こうしてあいつを見つめていると何だか酷く大人びて見える。
普段が普段だからそう見えるのだろうか。それとも何か、思う事があるのだろうか。
そんな風にロニをじっと見つめていると視線に気が付いたのかロニがこちらを振り向く。
僕は思わずパッと顔を逸らし、不自然な所へ視線を向けてしまった。
自分自身不自然すぎてしまった、と思うくらい大きな動きだった。
ロニもやはり不審に思ったのか僕に問い掛ける。
「…何だよジューダス。……俺に惚れたか?」
突然『惚れたか?』などと聞かれ僕はガバッと起き上がりギッとロニを睨む。
「馬鹿か、お前は!!誰がお前みたいな奴に惚れるんだ!?」
強く言い過ぎたような気もするが突然からかわれるのは好きではない。
なので怒りの感情をありのままにぶつけてみたのだが……
「うわ、ひでーなぁ。…こんなに格好良い男が傍にいてよく言うもんだぜ」
「………」
予想外の一言にため息すらつけなかった。
僕は深く項垂れた後、息を整えながら呟く。
「……お前の顔についてはこの際どうでも良いんだが…」
「何言ってんだよジューダス?俺の顔が良いか悪いかどうかは美女達には物凄く重」
「勝手にツッコミを入れるな、馬鹿!!」
突然話を戻されそうになったので怒りながら叫ぶとさすがのロニも黙った。
やっと黙ったか…と安堵しながら話を元に戻す。
話、というか提案なのだが…僕はロニに向かって呟いた。
「……お前、何もする事がないなら帰ったらどうだ?…時間の無駄だろう…。」
そう呟くとロニは首を傾げながら納得いかないような表情で僕を見つめた。
「何で?」
「………それは……」
突然切り返されたので返す言葉に悩んだが良い提案が思い浮かばない。
黙って俯いた僕を見つめながら、ロニは「ああ、なるほど」と呟いた。
突然声を出し1人で納得しだしたので不思議そうに見つめていると。
「お前俺が邪魔だって言いたいのか。そう言われると意地でも居たくなっちまうんだよな〜」
「………」
勘だけは良いのか、と思い僕は深いため息をつく。
どうやらロニは1人でここにいたいのにいさせてくれないようだ。
というか地上軍拠点に帰したいのだろう。
体調には気を付けていると言っているがロニにはいまいち信じがたい言葉のようだ。
そのロニの考えが分かったので僕は再びため息をつく。
…心配などしなくてもいい、と言ったらまた「放っておけない」とでも言うのだろう。
…どうせ同じ事の繰り返しだ。
なので放っておく事にした。
「………ふん」
「………へへ」
呆れながら呟いた言葉にロニが呑気な笑みを返す。
苛立つ事この上ない。
だが馬鹿相手に怒るのももう疲れたので僕は黙って空を見上げていた。
つられてロニも空を見上げる。
「………綺麗だよなぁ」
しばらく経った後、ボソリと呟いたのはロニだった。
僕はあいつの方へは向かずにずっと空を見上げている。
だがロニは聞いていると確信しているのか言葉を続けたのだった。
「クレスタに雪降らないからこう思うんだろうけどよ…雪ってすげー綺麗だよなぁ。
つーか夜の雪が綺麗だよな。背景が黒だから白い雪が映えるっつーか何っつーか」
「――――」
「…ん?どうした、ジューダス?」
突然黙りだした僕をロニは不思議そうに見つめる。
驚きもするだろう。…僕と同じ事を思ったのだから。
だが同じ事を思っていた、なんて言ってはからかわれるのがオチだ。
なので動揺を隠しながらいつものように嫌味をこめて笑った。
「……お前でも、そんな事を思うのかと感心しただけだ」
そう言うとロニは不満そうに口を尖らせながら文句を言い始めた。
「おいおい、ジューダス。そのお前でもってのは何だよ、お前でもってのは?」
「僕は思った事をありのままに呟いただけだが?」
「ちっ。馬鹿にしやがってよ……」
そういじけながら呟くロニを見て僕は再びふっと笑った。
今のロニの返答が可笑しかったのだ。
「…おい、今笑っただろ。」
ロニがジト目で僕を見つめてくるので僕は再び口元に笑みを浮かべた。
挑発すればそれに乗る。…分かりやすい奴だ。
「お前の返答が馬鹿げていたのでな。間抜け顔でますます笑えた。」
「んだとぉ!?…ちょっとこっちこいジューダス!!」
ぐっ、と手首を掴まれるとそのまま僕の身体はロニの方へと引き寄せられる。
突然の事だったので僕は拒否する事も手を払い除ける事も出来なかった。
そのままロニに身体を預けると奴は僕の身体をぎゅっと抱きしめた。
きつくきつく、離さないように。
「貴様、いきなり何するんだ馬鹿者が!!」
奴の胸の中で離れようともがくがあいつの力の方が上だった。
一向に離す素振りのないロニを恨ましく思いながらじっと睨みつける。
ロニは「んな怖い顔すんじゃねーよ」とおちょくった後、すぐさま真剣な表情で囁く。
「身体冷えてるから温めてやろうと思っただけだよ。…温かいだろ?」
そう囁かれ、抵抗するのを一旦やめて身体の辺りの感覚を研ぎ澄ますと、
やはりというか何というかロニの体温を奪っているようだ。
身体の芯まで冷えていたのだ。温かさを求めるのは仕方が無いだろう。
「……余計なお世話だ」
どうやっても離してくれそうにもないロニを見てため息を吐いた後
仕方が無い…と諦め奴の身体に身を預けた。
そんな僕を抱きしめながらロニは悪戯そうに笑みを浮かべからかう。
「…お、今日は素直じゃねーか。明日は雪か?」
ロニは使い回されたお決まりのセリフを呟いた。
こいつの話題についていくのもいい加減面倒臭くなったが
仕方が無いので付き合う事にする。
「…この辺りなら明日も雪だろう」
「じゃあ明日は晴れで気温がホープタウン並になるな。ジューダスが素直だからよ」
「………」
何だか妙にムカついた。
…付き合わなきゃ良かったか、と思い「ふん」と顔を逸らすと雪が1粒仮面の口元につく。
それを見てロニが微笑するのが分かる。
「仮面に雪が落ちるってのもお前ならではだよなぁ……つーか仮面取らねぇの?」
何が僕ならではなのだろう、と思ったがそれには合えて答えず後者の質問へ答える。
「……何故取らねばならない」
というか何故仮面の話になるのかがよく分からなかった。
そういえばロニはよく僕の仮面をネタにして騒ぎ立てるのだが…それと同様の理由だろうか。
そんな事を思ってロニを睨もうと奴の方を見ると、ロニの真面目な表情が目に映る。
「…………」
珍しく真剣なロニの表情に僕は目を奪われた。
「………だって、もうお前の正体隠す必要なんかねぇだろ?」
………一体何が言いたいのだろう。
そう思い奴の視線を真っ向から受け止める。
…奴なりの配慮というやつであろうか。
それとも真剣な振りをして実はからかっているのだろうか。
…僕にはもうこの際どちらでも良いと思った。
答えは1つしかないから。
だから答えた。
「……仮面はただ単に正体を隠すだけの物ではない……」
「…………」
仮面を被っているのは、過去の罪を背負うため。
罪を罪で在り続けるためのものでもある。
エルレインにリオン・マグナスと正体を仲間に晒された時物凄く動揺した。
裏切り者である僕を彼等は仲間と認めてくれるのだろうかと―思った。
だけど、あいつらは…「ジューダスは仲間だ」と言ってくれた。
とても嬉しかった。
昔手に入れられなかった「本当の仲間」というものを、手に入れたような気がした。
昔の僕は、いずれ裏切ると分かっていたから…スタン達とは馴れ合わないようにしていた。
だけどいずれ裏切ると分かっていたのに、求めてしまった。
「仲間」というものを。
辛い事や楽しい事を分かち合える仲間というものが、欲しかった。
だけど守りたい人がいた。
守りたい彼女がいたから、裏切った。
だから手に入れられなかった。「仲間」というものを。
…だからこうして今、こいつらに執着しているのだろうか。
今度こそは裏切らないと、誓っているのだろうか。
そんな事を考えているとロニの口から深いため息が聞こえたので意識を現実へと戻す。
ロニは頭をかきながら「しゃーねーか…」と小さく呟くと手をひらひらと振った。
「お前がそこまで言うなら良いか。ま、好きにしろや」
その適当な態度を見て思わず眉を潜める。
こいつは先ほど僕が言った意味を理解しているのだろうか。
…この態度からでは読み取れなかった。
単純な男だと思っていたのに単純ではないと分かると何故こうも苛立つのだろうか。
僕は苛立ちを言葉に含みながらボソリと呟いた。
「…今度は仮面について心配したのか?…お節介だな」
鼻でふん、と笑った後ロニを挑発的な目で見つめる。
その視線を真っ向に受けたロニは普段のように反論せず真面目な表情で小さく囁く。
「つーか俺は…お前の心配してるんだけどな……」
「…………は?」
ロニの声が小さかった所為かよく聞き取れなかった。
不思議そうに聞き返してはみたものの「なんでもねーよ」と
ロニがそっぽを向くので僕はますます不思議に思う。
…何となく分かったのだが今のロニの表情は不機嫌そのものだった。
…怒らせるような事を聞いたつもりはなかったのだが。
そう思っているとロニは深いため息を吐いた後耳元で小さく囁く。
「……俺はお前の仮面が珍しいとか、仲間だから身体を心配しているとか
そういった意味だけで心配してるわけじゃねーんだよ……少しは気付けよ。」
「………?」
そのロニの囁きに僕は眉を潜めた。
仮面を取れと言ったのはただ単にそんな不気味な物は取れという意味なのだと思っていた。
身体を心配するのは旅に支障が出るからだと思っていた。
…それ以外に思いつかなかったから、そう思ったのだが。
「……ここまで言わせても、分かんねーか?」
「……分からない」
それ以外、といわれてもすぐさま思いつくわけが無かった。
そんな事を思いつつロニにしては珍しく遠回しな言い方だな、と思った。
…ただの馬鹿だったらもっと分かりやすかったのに、などと考えていた刹那。
「…………っ!!」
強い力で頭を掴まれたと思うとそのままぐい、と前に押されていた。
そうして押された先に待っていたのは白い髪の毛と浅黒い肌で。
触れてしまった赤い唇は妙に柔らかくて、温かかった。
「んっ…………っふ…」
突然の事に僕はただ驚くしかなかった。
逃れようと身体を動かしてみるがロニの手によって阻まれ、何も出来ずにいた。
口元から水音が漏れる音を聞き羞恥に顔を赤く染める。
「ん……は………っ」
息苦しそうに声を漏らすと頭に添えられたままの手が緩み、唇と共に離れた。
だが身体に触れていたままの手は離さずそのままだったので離れる事は出来なかった。
「っ……何するんだ貴様っ…!!」
口付けられた唇を手の甲で拭いながら、怒りを露わにする。
そんな僕を見てロニはふ、と悪戯そうに笑うと再び強く僕を抱きしめた。
「……分からないって言ったから態度で示したんだよ。…分かったか?」
「………っ」
言葉の真意が分かった僕はますます苛立った。
頬を叩こうと思い左手を出すがそれもロニによって止められてしまう。
反対の手で叩こうかとも思ったのだがまた邪魔されるだろう、と思い理性で止めた。
…そうして僕は深いため息をつく。
「……呆れた。…こんな事をせず言葉で言えば良いだろう…?」
やっぱりこいつはただの馬鹿だ、と思いながらじっとロニを睨みつける。
ロニは睨まれてるにも関わらず口元に笑みを浮かべていると僕の顎を掴み、じっと見つめる。
「ま、そうだけどよ。…しかしお前唇青いぞ?寒すぎるんじゃねーの?」
そう言われふと唇に触れてみると少し冷えているような気がした。
だがもちろん色など見えるわけも無いのでロニへはいつものように嫌味をこめて呟く。
「放っておけと言って………も無駄か。所詮馬鹿だしな」
「…悪かったな、馬鹿で」
馬鹿呼ばわりされむっとしながらロニは顎に触れていた手を頬へと移動させる。
そうして僕の顔を真っ直ぐに見つめ格好つけた表情で笑う。
「でもよ、こんな馬鹿にしたのはお前だぜ?
お前が好きで好きでたまらないからこんな馬鹿になっちまったんだ」
「――――――」
そのロニの言葉に目を丸くして驚く。
いつもなら臭いセリフだと笑い飛ばす事も出来た。
冗談だと、笑い飛ばす事だって出来たはずなのに。
その妙に真剣な表情や言い方で、奴が本気である事を悟った。
…だから笑えなかった。呆れる事だって、出来なかった。
僕は何だか気恥ずかしくなりロニの胸に顔を埋めながら、小さく囁く。
「………人の所為にするな、馬鹿…」
ゴツ、と奴の頭に一発お見舞いしてやるとロニは「痛っ」と小さく叫んだ。
だがその後怒ったり、殴った理由も問いたださなかった。
…気恥ずかしくなったのがばれたのだろうか。
見られたくなかった姿を見られて軽く舌打ちするとロニの苦笑まじりの吐息が聞こえる。
奴はずっと僕を抱きしめてて、僕が飽きるまで一緒にその場にいてくれた。
…それが何だか妙に嬉しかったが言うと調子に乗りそうだったので黙っていた。
黒い空。
白い雪。
正反対の色を描く空は酷く静かな、静寂した空間。
そんな空間を寂しくも思うし、愛しくも思う。
醜いこの世界でもこんなにも美しい風景があるものかと、思う。
正反対の色彩のこの風景は、美しい。
白と黒。
対色の色。
この暗い空と同じ色をした物と、白き雪に似た色をした物はただ寄り添って空を見つめていた。
…指を絡ませ、同じ場所を見つめていた。