あなたのなまえ




ベランダを開けると心地よい風が肌を撫でた。

ふわりと春の匂いがする。天気もいいし、今日は洗濯日和だ。

おれは軽く深呼吸し、新鮮な空気を吸い込むと、

朝食の用意をしよう、と思い部屋の方に視線を戻す。

「…………あぁ」

起きてからまだ数分しか経っていないのに、朝の清々しい気分が台無しになった。

おれの目の前には我が物顔でベッドを占領している男の寝顔があったのだった。

百目鬼静―おれの同級生で、ライバルで……一応恋人だ。

もう彼是こいつと暮らして3週間経つというのに、未だ慣れない。

隣にこいつが眠っているのも、こいつと一緒に暮らしているのも、こいつと…。

「……って何考えてるんだ、おれ…」

昨夜の情事を思い出し、急に顔が真っ赤に染まる。

二人で暮らしてから、百目鬼は互いに実家に住んでいた時より求めるようになった。

それはそうだろう、誰にも邪魔されずに手を出せるのだから。

だけどこんな行為を3日も間を置かずに続いているのは何というか。

(恥ずかしい以前に、おれの身体が持たないっつーの……)

おかげで今朝も起き上がるのに苦労してしまったではないか。

だが百目鬼の方はいつも平気そうなので、こっちから「痛い」なんて言えるはずもない。

おれにとって百目鬼は絶対に負けたくない相手なのだ。弱い所なんて見せられるものか。

「馬鹿百目鬼」

呑気に寝ている馬鹿を軽く突付くと、おれはキッチンへと向かった。

今日の朝食は何にしよう。昨晩余った食材を使うのもいいかもな。

冷蔵庫を空け中身を調べていると、ふと後ろからギシリ、とベットが軋む音がする。

さっきので起こしちまったか、とちょっとだけ罪悪感を感じながら、

くるりと振り返ると、そこには何も身にまとわない百目鬼の姿が会った。

「ぅわぁ!!」

「………」

百目鬼の姿は昨夜、暗闇の中で見つめた奴そのままで。

そういえばこいつは何も着ずに寝てしまった事を今思い出した。

お陰で昨日俺の腰痛の原因になったアレが見えるではないか。

「ぉまっ、早く服着ろっ!!」

最初の方は言葉にならず、おれは視線を逸らしながら指を指す。

「…………」

だが百目鬼は、動かない。

寝ぼけているのだろうか、と思いそっと目を開けると、

ちゃんと瞼をしっかりあげ、目が覚めた百目鬼とまっすぐに視線がぶつかる。

あまり感情豊かに顔を動かさない百目鬼だが、今朝はいつもより、ずっと無愛想だ。

こういう表情をする時は、大概何か不満のある時だ。

―ほんの2、3年の付き合いだけど、ずっと一緒にいたから分かる。

一体どうしたんだよ、と問おうとした刹那、先に百目鬼の口から声が漏れる。

「…名前」

「は?」

「名前。呼び捨てにしろって言った」

あぁ、そういう事か―おれは合点がいった。

そういえば昨夜も名前を呼ばないとイかせないとか何とか言っていた気がする。

―結局おれは百目鬼に屈して「静」と呼んでしまったのだが。

あいつに主導権を握られているようで(実際そうなのだが)

屈辱的だったから忘れようとしていたのに。

あれは行為中だけの約束ではなかったのだろうか?

「それより早く服着ろって。じゃねーと朝飯作ってやんねーぞ」

今度こそ屈してなるものか、と意気込み俺は床に散らばっていた百目鬼のシャツを手渡す。

だが百目鬼は決して受け取らず、無言のまま身一つでおれに近づいていた。

「だだだだだから、服着ろって!!何度も言わせんなよ!!」

「―それはこっちの台詞だな」

百目鬼の呟きが間近に聞こえたと思うと、おれの視界が急にぐらついた。

無理矢理押し倒されたのだと気づくのに、少し時間がかかった。

「お、おい百目鬼!!朝飯が作れな―」

「お前でいい。」

「なっ……っん!!」

なんてクサい台詞を、と言う前に耳にふっと息がかけられる。

その息におれの身体は素直に反応してしまった。

百目鬼だけが知っている、おれの弱い部分があった。

「ひ、卑怯だろ…!!やだ、百目鬼………!!」

このまま、また犯される―理性では百目鬼を拒むのに、

心のどこかで、それを喜ぶおれがいる事に、罪悪感を覚える。

もっと抱きしめて欲しいだなんて、おれは思っていない…!!

「君尋」

「え」

「………君尋」

「ぁ……う」

どうしよう。

百目鬼がおれを押し倒した意図をやっと理解したが、やっぱり戸惑いは隠せない。

こいつはおれが名前を呼ぶのを聞きたいだけなんだ。

最中だけでなく、いつも呼んで欲しい。そう想っているだけで。

そんな些細な事気にしてるのかよ、と思う気持ちもあるのだが…

(……馬鹿百目鬼)

思わず口の端がつり上がる。

おかしくて仕方がない。

あの百目鬼がおれに名前を呼んで欲しいなんて―ちょっとイメージと違う気がする。

あいつに惚れている女の子達に見せたい気分だ。

おれはくだらないと笑い飛ばす事はせず、あいつの望むままに口を開く。

おれも、ちょっと嬉しかったから。君尋って呼ばれた事が。

「……静」

ちょっと照れくさくて、最後の方は言ったおれにもよく聞こえなかったけれど。

あいつの無愛想な顔がちょっとだけ動いたので、良しとしよう。

おれだけが知っている、百目鬼の弱い部分がそこにはあった。





後書き(白文字)

あれ、オチないよ…!?(オチ作りたかった)

これ学生結婚っぽくないし…制服プレイにすればよかった!!(コラ)

まぁ小説のリハリビもかねて、という事で…

しかし私の小説は唐突に始まって唐突に終わるのばっかりだな。

オチが苦手なんだよな、一体どうやってまとめればいいのか。