いとしく、想い焦がれるものがあった。
どんなに繋がっていようと、溶け合わないからだ。
どんなに想っても、繋がらないこころ。
所詮人間なんて他人同士なのだから一つになる事なんかない。
だけど自分がどうしようもなく惨めで、生きている価値さえ見出せない俺が、
あんなに美しい天使になれたらどれほどいいだろう、なんて思う。
…あぁ、でも俺だったら、どっちにしろ汚れるかな。
いとしく、想い焦がれるものがあった。
不器用で、でも少し抜けていて、綺麗な人。
俺に滅多に笑いかけてくれる事なんてないけれど、優しい人で。
髪の毛と同じ色の瞳で見つめられるたびに体が震えた。
そして、離れるたび、寂しさがこみあげた――――
Desire
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■
本当に小さな音なのに、衣服と肌が擦れる音で目が覚めた。
(……また起きちまった)
いつもこのタイミングに起きる自分を恨みながら、
ゼロスは寝たふりをしつつ、薄目で辺りを見渡す。
すると、暗闇の中音をたてないよう、静かに動く人物を見つけた。
その燕尾のマントは紫色で、暗闇に溶け込んでいて目をこらさないとよく見えない。
髪の色は鳶色だから闇と見分けはつくものの、
こんな月のない日では気づかれなくても仕方がないかもしれない。
彼はすべての支度が整ったらしく、自分の体を見渡すと小さく息を吐いた。
そうして、先ほど自分がいたソファの方へ歩みを進める。
(………ヤバ。)
ゼロスは起きている事を悟られないよう、再び目を閉じ寝たふりを続けた。
昔から狸寝入りは得意だった。今日も絶対バレないと腹をくくりながら耳を澄ませる。
自分の寝息の音と、彼の息が一瞬だけ、交じり合う。
「…………」
彼―クラトスはゼロスの寝顔を見、安心したように息継ぎすると、優しく髪の毛を撫でた。
ゼロスを見つめるその瞳は、慈愛に満ちた表情だった。
残念ながらゼロスはそれを知る事は出来ないのだが。
そうして満足したのか、ソファの下にずれていた毛布をかけなおし、
クラトスは音をたてないよう、ゆっくりと扉の前に向かう。
扉の前でもう一度ソファを見つめ、ゼロスの姿を確認するとそのまま部屋を出て行った。
(………お帰りか)
クラトスの足音が完全に消えるのを確認し、ゼロスはソファから起き上がる。
ゆっくりと動かしたはずなのに、体が一瞬ズキ、と痛む。
少しだけ腰の辺りが痛いが気にするほどのものでもない。
むしろこの痛みが嬉しい、と思ったりもする。
瞳を閉じれば、思い出すのは、間近で見たクラトスの表情。
普段は眉一つ動かさないような無愛想だが、
ゼロスが痛そうに顔をしかめると、心配そうな表情をしてくれる。
そうして優しく抱きしめ、落ち着くのを待ってくれる。
ゼロスの知っているクラトスは昔からそんな感じの男だ。
クルシスの四大天使であるあいつが、こんな男を抱いているなんて知ったら、
彼の部下や上司―ユグドラシルはどう思うだろうか。
(ユグドラシルは怒るだろうな…)
ユグドラシルにとってクラトスは4000年の付き合いで大切な仲間である。
彼の嫌いな劣悪種である自分がクラトスと関係を持っているだなんて知られたら、
お仕置きだけじゃすまないだろう。
しかも男であるために彼の姉の器にもなれない、ただ、血縁を途絶えさせないためだけに
生きているような価値のない相手に、愛しいクラトスを取られるなんて。
クラトスには昔妻もいて、その相手との間に息子がいる。
その事件をきっかけに、監視の目も厳しくなっているというのに、
自分は一体何をやっているのだろうか。
見つけて欲しい、といっているようなものだ。
(…本当は見つけて欲しいんだろうけど…)
ゼロスは自分の勝手な願いに内心呆れていた。
もうこんな関係、限界だ。
お互い隠れて会うなんて冗談じゃない。
ロイド達に「どこへ行っていた?」と聞かれ、言い訳を考えるのも疲れるし、
自分から会いに行くことが出来ないのも嫌だ。
傍にいてくれるだけでいい。
それだけで満たされる。
ロイド達の監視、さっさと終わらないかな、と思いながら
ゼロスは衣服を纏うため、傍においてあった服を手に取った。
「………もう、帰らなきゃな」
部屋においてある時計を見ながら、ゼロスは少しだけ溜息を吐いた。
またあの息苦しい空間に戻らなくてはならないのか。
そう思うとこのまま逃げてしまいたい気分になる。
しかし逃げるという事は、クラトスとの関係を断つ事になる。
ロイド達の監視をしているから、こうして会いに来てくれているのだ。
命令に背き、逃げる事は永遠にこのまま、という事になる。
(あぁ、でも)
誰もいない世界も面白いかもしれない。
孤独が当たり前になり、寂しさなんて慣れてしまうだろう。
自分を縛るものがない世界。そんな世界があるのなら、そこへ行きたい。
(誰か、連れてってくれないかな)
誰かの顔を思い浮かべずに、そんな夢物語みたいな事を想う。
自分を攫ってくれる人なんて、いるわけないのに。
ロイドでも、クラトスでも、無理な事だ。
神子である自分に逃げ場所なんて、ない。
出来る事といえば自分で自分の命を断つ事ぐらいだ。
愚かな考えだ、と自分自身を哀れみ少しだけ笑みを浮かべると
ゼロスはゆっくりと、立ち上がる。
そうして近くに掛けてあった自分の剣を取り、ぎゅっと握る。
「…………」
自分で自分の命を絶つ。
先程ふと思った事だが、その選択肢自体は小さい頃、何度も思った。
母親にも拒絶され、父親には愛されず、育った自分。
命を狙われていくうちに、いっそのこと誰か殺してくれないものか、と願った。
自分が死んで、誰か泣いてくれるならそれでいい。
だけど空想の中で泣いてくれる人はいても、現実では誰も泣いてはくれない。
むしろ嬉しそうに笑う人々の顔が、思い浮かぶ。
「…………俺は」
鞘から剣を取り出し、闇に光る刃をじっと見つめていた。
怪しく光る剣。
自分自身の顔がうつり、歪んだ表情を目の当たりにする。
「…………」
怖いとは、思わなかった。
むしろ現実で生きるほうが怖くて。
ゼロスは剣の切っ先を自分の喉へもっていった。
後悔はしていない。
あるとすれば、どうしてこの選択を今まで選ばなかったか、という事だろうか。
辛くて悲しくて寂しいなら、選べばよかったのに。
でも、自分には、死ぬ勇気がなかった。
いとしく、想い焦がれるものがあった。
どんなに繋がっていようと、溶け合わないからだ。
どんなに想っても、繋がらないこころ。
所詮人間なんて他人同士なのだから一つになる事なんかない。
だけど自分がどうしようもなく惨めで、死ぬ事も出来ない俺が、
あんなに美しい天使のようになれたらどれほどいいだろう、なんて思う。
俺は、こんな風にする事なんて出来ないから。
こんな風に、誰かのためにしようだなんて思わないから。
目を開いて、最初に見たのは赤く滴る血だった。
掴み間違えたのか、剣の柄ではなく、刀の部分を掴んでいた。
走ってきたのか、額には汗が流れ、髪が肌に張り付いている。
その所為か表情が分からない。
怒っているのか、泣いているのか、それともいつも通りか。ゼロスには分からなかった。
「……何してんの?」
とりあえず思った事を口にする。
自分が怪我をしてまで、相手を助けるなんて馬鹿じゃないか。
そういう意味で、ゼロスは呟いた。
すると相手は、細く息を吐いたあと、いつものように愛想なく、呟いた。
「それはこっちの台詞だ。…剣は自分を守るものだと、教えたはずだが?」
「………」
そうだったっけ。
などと言っている場合ではない。
今クラトスはゼロスが、首を刎ねようと使った剣で傷を負っているのだ。
クラトスの事だから、ゼロスがもう自分を斬らない、
と分かるまでその手を離さないであろう事はゼロスにも分かる。
頑固な所は変わらない、と思いながらゼロスは持っていた剣をクラトスに差し出す。
クラトスは安心したのか、差し出した剣を掴むと、その剣の刃を握っていた手を離す。
ゼロスは小さく息をつくと、先程まで座っていたソファに腰掛けた。
「何をしている」
「……死のうとしてましたけど?」
「何故」
「死にたいから」
「………」
真面目に答える気のないゼロスを見つめながら、クラトスは睨みもせず、
ただ無表情のまま彼を見下ろした。
その瞳をまっすぐに見つめる事が出来ず、ゼロスは傷ついたクラトスの右手を掴む。
掌は刃によって深く、傷ついていた。
その傷口から赤い血が流れ、部屋のカーペットを赤く汚している。
「……痛そうだな。」
「お前が無茶をしなければ、こんな事にはならなかったが?」
「そりゃ悪うございました。」
指先を傷口付近に当て、ゼロスが小さく呪文を唱えると、
通常よりも早く傷口が塞いでいく。
普段より治癒回復を早めるファーストエイドを唱えたのだ。
クラトスは塞いだ傷口をじっと眺めた後、
ゼロスの目線の高さに合わせるよう、彼の隣に腰掛ける。
「何の理由で死にたいと思ったのかは分からないが、今お前に死なれては困る」
「俺さまがいなきゃ、ロイド達に情報提供できないから?」
ゼロスは彼をじっと見つめ、口を軽くつり上げながら、笑う。
「…………」
そのゼロスの笑みを不快だ、というような表情でクラトスが見つめる。
クラトスの表情を変えさせて、ちょっと嬉しくなったゼロスは小さく笑うと、
彼の肩にちょこんと頭を置く。
クラトスは避けもせず、ただじっとゼロスを見つめていた。
愛しく、父親が息子を見つめるような表情で。
やがて、辺りは静かな空気が流れる。
「………アンタは思ったことないかもしれないけど」
ゼロスは沈黙を破り、聞き取れないような小さな声で囁く。
「もし、自分が誰かになれたら…って思った事ねぇ?」
「………難しい質問だな」
クラトスはそう呟くと、遠くを見つめながら、自分に言い聞かせるように言った。
「私も思った事はある。…だが願っていても叶うものではないだろう。」
「………そうだな」
そんな事は自分だって分かっている。
己という身を投げ出して、他の人物なんてなれない。
だけどどうしても自分を好きになれない。
そして羨ましい、と思う相手がいるはずだ。
そんな事を思っていると、クラトスの口から、思いがけない言葉が紡がれた。
「…私は、この世界で嫌いなものは、自分自身だ。」
「…………え」
ゼロスは驚いて目を見張る。
クラトスの方に目を向けると、彼は自分自身の掌を見つめながら、苦笑まじりに呟く。
「私がその誰か、になったら、その人物は不幸だな。…可哀相だ。」
「…………」
胸が自然と熱くなる。
まさかこいつがこんな事を思っていたなんて、という驚きもあるが、
何より自分と同じように考えていた人がいたのが嬉しかった。
しかもそれは、何より自分が求めていた人で。
ゼロスから言わせて見れば、自分を嫌う要素なんて何もないはずなのに。
「…意外か?」
ゼロスの視線を見て察したのか、クラトスは少しだけ口元を緩めながら、優しく囁く。
「うん、意外。…アンタもちゃんと人間らしい所あるんだな」
少しふざけたように笑うと、照れているのか、
クラトスはいつものように「…フ」と小さく笑った。
その笑みは、しばらくゼロスの心からこびり付いて、離れなかった。
自分は一人だけど、一人じゃない。
そんな風に思えた。
いとしく、想い焦がれるものがあった。
どんなに繋がっていようと、溶け合わないからだ。
どんなに想っても、繋がらないこころ。
所詮人間なんて他人同士なのだから一つになる事なんかない。
だけど、求めるものがあった。
不器用で、でも少し抜けていて、綺麗な人。
俺に滅多に笑いかけてくれる事なんてないけれど、優しい人で。
髪の毛と同じ色の瞳で見つめられるたびに体が震えた。
そして、繋がるたび、嬉しさがこみあげた――――
後書き(白文字)
本当はもっと救いようのない話だったんですが、ちょっと変わりました。
むしろ変わりすぎたような気もしますが…。
ゼロスとクラトスは結構似てる、と思っているので、
それを前面に出してみたりして。
タイトルはDo As Infinityの曲です。
でも書くにつれ、内容とタイトルが合わなくなった気が。