蕭然
バレンタイン。それは可愛い女の子からチョコが貰える最高の日。
「はぁ………」
…なのだが、例年とは違いゼロスは今ものすごく落ち込んでいる。
それもこれも全部レザレノカンパニーが悪い。
あのグループも自社の利益を考えてやった事なのだろうが、正直こっちにはとても迷惑な事だった。
あれさえなければ、例年通りの楽しいバレンタインを迎えられたのに。
先日、レゼレノカンパニーの手によって、バレンタイン告知用のポスターが街中に貼られた。
ポスターだけではなく、雑誌などにもその広告は大々的に取り上げられた。
バレンタインに関係のない、お堅い経済新聞ですらその広告を取り上げていたほどだ。
さすがはテセアラが誇る一流企業である。
ゼロスも興味津々でセバスチャンに広告が載っている雑誌を買いに走らせた。
何考えているんだろあのおっさん、
と数年前に1度しか会ったことのないかの人の姿を思い浮かべる。
目次からバレンタイン特集へ飛ぶと、
そこにはレゼレノカンパニーの若き会長、リーガル・ブライアンの姿が載っていた。
『独占・レゼレノカンパニー会長、バレンタインを語る!』
と読者を煽るコピーを冷ややかに一目見た後、
すぐさまインタビュー記事に目を走らせる。
「女性だけがチョコを贈るというのは不平等ではないでしょうか」
目の前の―もとい雑誌の中のリーガルはそう語る。
ゼロスほどではないが、フェミニストで知られるブライアン伯爵らしい台詞だな、
と思い他人事のように記事を見ていたら、とんでもない単語を目にした。
「そこでレザレノカンパニーは男性から女性にチョコを送る習慣、
そして愛する人だけではなく、家族や友人、
お世話になった人達にもチョコを送る運動を始めたいと思います。
もちろんチョコではなく、カードでもプレゼントでもお好きなものを贈ってください。
その純粋な想いが伝わればいいと、わが社は思います。」
レザレノの子会社の1つであるチョコレート製造会社の売り上げを上げるための強弁じゃねーの?
と冷めた感想を抱いたのだが、この会長の言葉にテセアラ中の女の子がときめいたのは言うまでもない。
今年は義理チョコが沢山もらえる!と喜ぶ男どももいたが、それと同時に「自分は何を贈ろう…?」と悩み、
滅多に寄らない菓子店に足を運び、相談する男性客が増えたそうだ。
それも雑誌に取り上げられ、世間では「プレゼントを女性に渡さない男は最低」
という不名誉なレッテルまで貼られてしまいそうだった。
そんなわけでゼロスは悩んでいた。女の子にチョコをあげるのはまだいい。
膨大な数になるだろうが、ご機嫌取りするのは得意だ。
薔薇だろうがチョコだろうがメッセージカードだろうが何だって贈ったっていい。
問題はお世話になった人、という単語だ。
お世話になった人、と聞いて真っ先にあいつの顔が浮かんだ。
無愛想で何を考えているのか分からない―でもとても面倒見のいい、
クルシスの天使さまであるクラトス・アウリオン、その人を。
あまり地上に降りない、と言っていたからこの騒動だって知らないだろう。
ゼロスは彼に贈り物をするのはやめた。お世話になっているとはいえ、
あいつだってクルシスの命令じゃなきゃこんな可愛いくもないガキの所に来るわけがないだろう。
どうでもいい相手からプレゼントを貰うというのは微妙ではないだろうか。
そう思って余裕ぶって何も用意していなかったのだが、バレンタイン前日、セバスチャンが釘を刺してきた。
「ゼロスさま、明日のバレンタイン、クラトスさまには何を差し上げるのでしょうか?」
例年通り女の子へあげるメッセージカードに薔薇の造花をつけた物の出来をゼロスに確認した後、そう聞いてきた。
「…へ?何であいつにあげなきゃなんねーのよ?」
するとセバスチャンはちょっと眉を顰めながら、「いいですか、ゼロスさま」と続ける。
「ゼロスさまは色々とクラトスさまにご迷惑を掛けてきたのです。
剣を教えに来ている時も、ゼロスさまに歴史を教えてくださっている時も、
あんな熱心に教育してくださっているのですから、当然ではないですか」
「うぇー………」
そういえばセバスチャンはあのむっつりの事を気に入っていたような気がする。
セバスチャンだけではない、屋敷のメイドも「素敵な方」と楽しげに噂をしていた。
この屋敷内で、クラトスの人気は実は主人であるゼロスより高いのではないだろうか。
だからこそ、周りの人からクラトスにお礼を、と言われるのが嫌だった。
お礼なら、クラトスに好意を抱いているお前らがやればいいじゃないか。
俺はあいつが来なくなっても困らないし。
だが世の中はそうはいかないらしい。セバスチャンは再びきつく言う。
「いいですか、きちんとお礼をするのは社交界の人間として当然です。
ゼロスさまも神子という立場であらせられるのであれば、礼儀はきちんとして下さい」
定職に就かなくていいのは嬉しいけど、神子って面倒くさい、と改めて思った。
「………はぁ」
本日何度目かのため息を漏らす。
バレンタイン当日。ゼロスは昨夜、急いでチョコを作った。
女の子達のためではない。クラトスにあげるためである。
(…っていうか何で俺さま手作りチョコなんか作ってるんだろう……)
今更ながら、昨晩の努力が無駄に思えてきた。
他の女の子達と同じく、薔薇の造花を拵えたメッセージカード+市販のチョコで良かったのではないだろうか。
が、ゼロスにはクラトスはメッセージカードを受け取って喜ぶような奴ではない、という確信があった。
あれは「きゃあ、あの方からメッセージが送られてくるなんて…一生大事にしますわ」とカードを胸に抱きしめ、
後日見返してもうっとりするといったような乙女な女の子が喜ぶ品物で、
男であるクラトスが受け取ってもただの紙切れではないだろうか。
実際ゼロスもメッセージカードを受け取ったとき一度読んだら読み返さないんだけどな…、
と相手に悪いと思いつつ、そう感じたのだが。
それはともかく、市販のチョコでも良かったんじゃないか?
今更ながら味に不安を覚え始めた。
味見はしたのだが、やはり市販のものと比べると劣っているだろう。
貰えるなら美味しいものを貰いたいのが人間の性だろうし、どうしようか。
ふと近くに置いてあったゴミ箱に目をうつす。
このままチョコを捨てて、急いでセバスに市販のチョコを買いに走らせた方がいいかな…と悩み始めた。
約束の時間までまだ時間はある。これなら余裕で間に合うだろう。
というわけでゼロスは自分のわだかまりを捨てる事にした。
いざ。
ガチャ。
「…………」
「…………」
「…………何をしている?」
「…………別に。」
右腕を上に反らし、いざゴミ箱へ行かん、とチョコを投げようとした時、偶然にもクラトスが現れた。
まだ時間があるのに、お早いご到着で。というかタイミングが良すぎる、嫌がらせだろうか。
一瞬だけ止まった時を破ったその冷静な疑問に、ゼロスはちょっとだけ救われた。
怪訝そうな表情をしているが「その包みは何だ?」と聞かれるよりはいい。
右腕をゆっくり降ろすと、横にそっと置きなおし、ゼロスは両足を組みながらソファに深く腰掛ける。
クラトスもあえて突っ込まずに、ゼロスの斜め前に腰を下ろす。
正面でも隣でもなく、一緒にティータイムをする時は必ず斜め前と決まっている。
そんなに俺の顔を見たくないのか馬鹿野郎、と初めは思ったのが、
これが彼の癖なのだろう。放って置く事にした。
クラトスはゼロスの隣にある包みに視線すら送る事もなく、紅茶を飲んでいる。
俺さまなら気になって問いただすんだけどなぁ、とちらりとチョコの包みを見つめた。
あまり見すぎると聞いてもらいたい事がバレバレなので、すぐさま視線をティーカップに戻す。
「……ところで、今日は何の用だ?セバスチャンからお前が私に用がある、と聞いたのだが……?」
今日来た理由を軽く説明されて、ゼロスはちょっと苛立った。
こいつの事だから、その用件だけ聞いて「それだけか」と分かるとすぐさまクルシスに帰るんだろうなぁ。
そう思ったので「何だと思う?」と意地悪してみた。すぐに帰るなんて許さない。変な意地が出た。
「………剣の修行がしたかったか、本を読んで分からない所があったのか、どっちかだと思っていたのだが」
「それだったら次会う時でいいでしょーよ。…何で今日か胸に手を当ててよーく考えてみろよ」
お約束通り胸に手を当てて考えて欲しかったのだが、クラトスは期待を裏切り、顎を手に乗せながら考えた。
時間にしてはわずか1分にも満たないだろうが、ちょっと長めに感じていたら、
クラトスが急に何を思ったのか、優しく、言葉を紡いだ。
「………寂しかったのか?」
「…あのさ、あんた言ってて恥ずかしくない、それ?」
そう言うと「いや、別に」と平然と答えが帰ってきた。
自分が女の子に言うならともかく、クラトスが「寂しかったのか?」なんて言うキャラじゃないと思うのだが…。
まぁいいや。ゼロスはいい加減面倒臭くなり、隣に置いてあった包みを差し出す。
「…チョコ、作ったんだけど。そんでもってありがたく食べて欲しいんだけど」
素直に「チョコ、受け取ってください!!」なんて言う柄じゃないので、あくまでも偉そうに命令してみる。
するとクラトスは目をしばたかせ、ゼロスに問いかける。
「お前が、私に?」
「俺さまが、あんたに」
意外だ、と言わんばかりにゼロスを見つめるクラトス。
やはりこいつにあげるべきじゃなかったとゼロスは後悔した。
バレンタインに手作りするなんて自分のキャラじゃないのだ。それが分かっているからあげたくなかったのだが。
ふてくされながら包みを渡すゼロスの態度に笑みを浮かべながら、
クラトスは「……ありがとう。」とお礼を言い、包みを開ける。
そこには球の形をした、トリュフチョコがあった。
「…シャンパントリュフ。これぐらいで酔わないだろ?」
聞かれる前に目の前のチョコの名前を言い、ゼロスは作っている時に疑問に思っていた事を聞いてみる。
シャンパンを贅沢に使ったけど、酒に弱かったらどうするんだ、と気づいたのは今朝だった。
するとクラトスは「当たり前だ」と答え、トリュフ1個をまるごと口の中に入れる。
味はどうだろうか、他の人から受け取ったチョコと比べて愛がないだろうか、それとも、それとも…
(あー、もうなるようになっちまえ!)
自分に出来る事はやり遂げたのだ、後の事は知るかぐらいの勢いで考える事にしよう。
じゃないと身体が持たない。今にでも緊張で胸が張り裂けそうだった。
俺が死んだらどうしてくれるんだ天使さまよ、と心の中で八つ当たりしながら、彼の顔を見つめる。
クラトスは味わいながらトリュフを噛むと、「ム」と小さく声を漏らした後、こくりと頷く。
「美味しい。…大変だっただろう、これを作るのは」
「え、あ、うん。まぁ……」
どうでもいいと思っていたのに、実際に褒められると嬉しいものである。
ゼロスは心の中でガッツポーズをとった。現実では余裕ぶりながら紅茶を飲んでいるが。
どうだ恐れ入ったか!とセバスチャンに自慢したい気分だった。
そして「今日は女性が男性にプレゼントをする日ではないのか?」というクラトスの疑問に答えてやったり、
「次に会う時はお返しを」と口約束し、結局その日は日が暮れるまで一緒にいた。
「ご馳走様。……それでは私は帰る」
「…………あぁ」
いつもどおりそっけなく言うとクラトスはフ、と小さく笑った。
その余裕のある笑いが憎たらしい。
外はもう暗闇に覆われていた。星が小さく瞬く。
今まで忙しく働いていた菓子屋の店員もひと段落出来た頃だろう。
ゼロスもチョコレートを無事渡せたので大分気持ちが楽になった。
来年も不安な気持ちで迎えるのか…と思うと憂鬱だが、
来年の事は来年考えるとしよう。面倒くさいから。
クラトスは玄関から立ち去り、ゆっくりと暗闇の中へ歩みを進めた。
クラトスの後ろ姿を見て、ゼロスは小さくため息をつく。
先ほど寂しかったのか、と聞かれた時ゼロスは一瞬だけ言葉に詰まった。
寂しくない、といえば嘘になる。
両親はもう亡くなっているし、妹は自分を憎みながら軟禁されているし、
セバスやメイド達は…よくやってくれているとは思うけど、寂しさを紛らわせるまでには至らない。
だけど自分が「寂しい」などと言ったって、皆が困るに決まっているではないか。
寂しいと素直に言える子供ではないのに。
あいつは一体いつまで人を子供扱いするのだろうか。
それが嬉しくもあり、憎たらしくもあり、愛しくもあるのだが。
「………ゼロス」
名を呼ばれ、全身が震える。自然と小さく声が漏れる。
屋敷の光が邪魔で姿は見えなかったが、暗闇の中にいたのだろう、クラトスは。
平然を装って「……んだよ」と精一杯声をあげると、
聞こえたかどうか分からないが、暗闇から声が聞こえた。
「私は今日、下の宿屋にいる。……何かあったら来なさい」
「…………」
ゼロスは答えなかったが、クラトスは黙ってそのまま立ち去った。
立ち去って、ようやく気づいた。自分があの人にどんな顔を見せていたか。
「……何かって何だよ……」
力が抜けて重力に逆らえなくなり、地面に膝をつけて、悩む。
何か理由がないと宿屋に行けないじゃないか。
理由もなく、あの人の所に行くのは恥ずかしい。
…向こうから宿屋に来いと言ってきたのに、まるで自分がクラトスを誘ったような気分だ。
夜風に吹かれながらしばらく考え込んだ後、ゆっくりと立ち上がる。
ゼロスは熱に浮かされたように、街の方に足を向けた。
…言い訳は宿屋に着いてから考える事にした。
今は一刻も早く、あいつの顔が見たかった。
後書き(白文字)
去年書けなかったので、リベンジ。
でもこういう時期ネタって他サイトさんと被るから怖いんですヨネ。
まぁこんな中身ない小説と被ってたら逆に恐ろしいんですけど。
しかしもうちょい短くするつもりがいつの間にか普段どおりの長さなんですけど?(マオ風)