それは一瞬の出来事だった。
ロイドはクラトスに掴みかかると子供とは思えないほどの腕力で押し倒した。
何を、と口を開きかけたクラトスの口を自分の唇でふさぐ。

「ん……っちゅ、ふ……」
「んぐ…ッ、う」

制止の言葉も聞かず、時々漏れる声を楽しげに聞きながら
ロイドはクラトスの口内を舌でかき乱す。
歯列をなぞられ、クラトスの体がビクン、と反応すると
それだけでは物足りなくなり、ロイドはすぐさまクラトスの体へ指を這わす。

「ひっ……」

怯えと同時に、愛しい相手に触れられ、クラトスの体は否応にも反応してしまう。
クラトスを楽しげに見つめながら、塞いでいた唇を離したロイドは
滑るように撫でていた指を、先端が上に向いている胸の赤い果実を指の腹で触れる。
充分たっているものを弄くりながら、
空いている片手の指先はクラトスの口の中にくわえさせる。




「………っ!!」
無理やり捻じ込まれた指をどうしていいのか分からず、
クラトスは縋る様な瞳でロイドを見つめた。
その視線すら気に食わない、とでもいいたげに露骨に不機嫌な表情を見せたロイドは
わざと深いため息を吐いて、彼を挑発する。
「分かってんだろ?…なら舐めろよ。俺を綺麗にしてくれたらイかせてあげる」

そう言ってロイドは遠慮もせずに、力強くクラトスの肉棒を握る。
痛みと、今にでも射精しそうな欲望を抑えたクラトスの体は、
先ほど自慰した自らの行為で、もうすでに限界だった。
脅迫に近いロイドの要求に素直に従い、クラトスはロイドの指を舐める。




時折漏れる自分の吐息と、舌と指が絡み奏でる水音に、クラトスの頭はうつろになる。
行為に夢中になり、幻かどうかの見分けもつかなくなってしまっていた。
このまま、自分を受け入れてくれるのなら、幻でも、ゆめでもいい。




(………だ、めだ……)

幻に騙されそうな自分を励まし、なんとかあがらおうとするクラトス。
だが心までも幻に侵食されたのか、この甘い、永遠のような世界を受け入れようと心が働く。




ロイドに対する気持ちを、彼に気づかれる前に目の前から消え去りたい、
なんて本当は思っていなかったのだ。
この幻を通じて、クラトスはそう実感する。
こうやって体を重ね、甘く切ない気持ちを抱えながら、
自ら腰を振って共に狂ってしまいたいと、そう思っていたに違いない。
そう想ってしまうほどに、クラトスはロイドとずっと一緒にいたかったのだった。




そんな邪心を心に抱きながら、クラトスは甘じんで、幻のロイドからの屈辱を受ける。
「どうしたんだよクラトス?……舌が止まってるぜ?」
毒々しい笑いを漏らしながら、そう指摘するロイド。
驚き、視線を彼に移すと、彼はクラトスの勃起した陰茎の亀頭を指先でつついていた。
玩具のようにクラトス自身を虐める姿は子供そのもので、クラトスは思わず顔をしかめる。
触れられついに我慢の限界がきたのか、先端からは白いものが出始めていた。
「っく………はぁ、はぁ………」
すべて射精してしまいたい衝動を堪えながら、息を整える。
もうここまでくると自分との勝負である。
クラトスは高ぶる射精感を押さえながら、突然自分の愛液で汚れたロイドを想像してしまった。
彼の日に焼けた肌に自分の欲望を吐き出したら、一体どのような姿になるのだろう。
ロイド自身の存在を構造した精子を彼に注ぎ、吐き出してしまったら。
背徳的な妄想を追い払おうと、クラトスは瞼を閉じる。
そうして気がつく。




(………?)
クラトスは違和感を覚えた。
さきほどから虚ろだった意識が急に冷め始める。
おかしい。
さきほど自分は『猥褻な言葉を聞きたくない』、そう言った。
だが、今はそれとは逆に『猥褻な事をさせたい、されたい』と願っている。
現にロイドを汚したい、という考えは後者である。
まったく正反対の願望が同居している自分の心に疑問を抱きながら
襲われる前に叫んだ、ロイドの言葉を思い出す。




『分かるか、って?分かるさ、俺はあんたの望む『ロイド』だからなっ!!』




気がつくと、ロイドはクラトス自身を力任せに強く握り始めた。
「ひっ!!あ、あああああぁぁ……!!」
予期せぬ出来事が起こり、閉じていたクラトスの瞳が見開かれる。
その瞳は恐怖を宿しており、彼は無表情のまま見下ろすロイドに視線を送った。
目が合った途端、ロイドは愉快、とでも言いたげに
唇の端をつりあげると、再び陰茎を握りはじめる。
「うぁっ!!ロ、イド……やめ…!!!」
ロイドの手によって、すでに先走りが走っていたクラトスのものが一気に爆発する。
恐れていたロイドへの被害は、顔だけに留まらず、髪や頬、もちろん掌にもかかる。
自分の精液で汚れた息子を見上げ、乱れる息を整えながら
クラトスはどこか、満足したように息をついた。
そこには先ほど彼が望んでいた、汚れたロイドがいたのだった。
彼の肌についた濁液は自らが仕出かした大きな出来事を物語っていた。




「―-気は済んだかよ?」
やけに冷静な声に高ぶっていた意識が萎える。
頬についた白液を指で舐めながら、ロイドは悪魔のような微笑みを浮かべた。
その笑みでクラトスは気がついた。
この少年はロイドではない事を。




少年は小さく喉を鳴らしながら楽しそうに笑った後、ゆっくりとクラトスの顔に近づく。
顔に息がかかるくらい近い至近距離で、彼はゆっくりと語りはじめた。
「初めまして―って言うのは可笑しいか。
俺はあんたの世界の『ロイド』。…ゆめの中にいるロイドだよ。」
「……ゆめの中の、ロイド……?」
少年の答えが理解できず、聞き返すクラトス。
少年は「そう」と呟くとクラトスの髪をそっと撫でながら、
さきほどとは打って変わって本物のロイドのような表情を見せた。
「お前が望むロイド・アーヴィングの具現した姿だ。だから実体はない。
あんたのゆめの中でしか生きられない可哀相な生き物なんだよ、俺は」
「私のゆめの中……?」
「まだ気づいてなかったのかよ?」
呆れたように、だが少しだけ楽しそうに反応する。
そんな少年に触れられながら、クラトスは真実を知るのだった。
この何も無い空間の正体を―――




「元々、ただの夢だったんだ」
そう声が聞こえた矢先、周りの空間が歪み始めた。
そうして再びダイクの家の2階―ロイドの自室が映し出される。
少年はまるでそこに物質があるかのように、
窓辺に歩みを進め、感傷深い様子で空を眺める。
ゆめの中にも関わらず、空は雲ひとつ無い青空だった。
床に横たわっていたクラトスは、まず掌が動く事を確認した後ゆっくりと起き上がる。
大丈夫、どうやら先ほどとは違うようだ。
衣服を整え、クラトスが立ち上がるのを確認すると、
少年は壁に寄りながら呟き始めた。




「お前―クラトスが実の息子であり、
男同士でもあるロイドに恋をした日からおかしくなった。
現実では到底叶いそうにないロイドとの恋愛。
あんたはそれをここで叶えようとしていたんだ―――思い出したか?」
「……いや、思い出せない…」
クラトスは額に掌を当てながら彼の言葉に当てはまるものを必死で思い出そうとする。
だが夢へ逃避した記憶も、息子との恋愛を叶えようとした記憶もない。
―確かに、ロイドから離れようと思っていた事は先ほどの行為で嘘だと気づいたが。




「仕方がないよ。ゆめに逃避した人間は皆そうだ。
―ゆめが現実になり、現実がゆめになる。
わざわざ辛い現実を選ぶやつなんかいるもんか。―だからお前の行動は正しいよ」
「………そんな事は、ない」
クラトスは自分を正当化してくれた少年の言葉を、否定した。
辛い現実を選ぶ人間だっている。―現実のロイドはそのような子だ。
結局これは自分の弱さが切っ掛けで起きた出来事なのだ。
目の前の少年だって、クラトスが望みさえしなければ産まれてこなかった。
そしてさきほどまで覆っていた暗い空間も、自身が強ければ造られるはずもなかった。
すべてにおいて、自分は正しくなど無い。クラトスはそう思った。
「…………」
自嘲した表情を見せるクラトスの表情を眺めながら、少年は息をついた。
そして再び口を開き始める。




「…正しくないと思うのなら、帰ったほうがいい。…所詮これはゆめなんだよ。」
少年ーいや、ロイドは忠告めいた言葉を囁く。
その言葉に、クラトスは驚きと、そして戸惑いを隠せないでいた。
ゆめの終わり―それは目の前にいるロイドの「死」を意味する。
確かに彼は本物のロイドではないが、クラトスにとって、彼もまたロイドであった。
情けない自分を支えてくれる、大切な子供。
その子供を殺すなんて…




―もうすでに殺しているのに?




「――――!!」
突然頭の中に響いた言葉にクラトスは眩暈を起こす。
世界が揺れ、今すぐにでも壊れそうだった。
まるで体が爆撃を受けたかのような、そんな衝撃がクラトスを襲う。
倒れそうになるクラトスを見たロイドが、叫びながら自分に近づいてきた。
激しい頭痛と、焦点の合わない瞳を閉じながらクラトスは痛みが治まるのを待った。
だが流れる風を受けたクラトスの鼻に、空気に混ざって何かの匂いがした。
頭に直接痺れを起こすかのような、強烈な赤い花の匂い。
不快、としかいいようのないその匂いはクラトスの目を覚まさせるのに充分だった。
先ほどまで全身を覆っていた痛みが消え、クラトスは少しだけよろめいただけで済んだ。
ただし、先ほどとは違う黒い感情が、心に巣をつくっていた。




「クラトス!!大丈―――」
叫び、駆け出したロイドだったが、すぐさまその動きが驚愕によって止まる。
目の前のクラトスは、腰に巻いていた2つのベルトの一つ、
長剣を振り下げていた下のベルトを下ろした。
剣が音をたてて床に落ちる。金属音の音がやけに耳に残る。
「………ロイド」
「クラ、トス………?」
行動の真意がわからず、ロイドは黙って見つめる事しか出来なかった。
クラトスは上のベルト、燕尾のマント、全身を覆っていた服を一枚ずつ
ロイドに見せ付けるかのごとく、脱ぎ捨てながら生まれたままの姿になっていく。
そしてすべて脱ぎ捨てた後、妖しく、しかし美しい笑みを浮かべながら
甘く、それでいて純粋な言葉ゆえに恐怖を感じさせる囁きを漏らすのだった。










「ゆめなんかじゃない…私はお前を愛している。だからずっと一緒にいよう、ロイド」










全身を襲う痛みに耐えながら、クラトスは自らも腰を振って答えた。
最初こそぎこちない動きだったロイドだったが、次第に彼も激しく腰を動かす。
そしてゆめの中の彼らしい、クラトスの望む『ロイド』が
罵倒しながら、クラトスを攻めたてるのだった。
言葉で、そして激しい肉のぶつかり合いで快楽を感じながら、
二人は何度も何度も繋がり、果てることの無い欲望が全身を、そして空間をも汚し始めた。
すっかりあの赤い花の匂いは消えていた。




止まらない。
止められない。
止めたくない。




一向に萎える気配のないものを疑う事なく、二人の行為は続けられる。
ゆめが終わるまで、咎と認めるまで、世界は終わらなかった。





ロイドは生きている。生きているんだ………





永遠に続くゆめの中で、誰かの泣いている声が聞こえたような気がした。










後書き(黒文字)

…鬼畜?(甚だ疑問を覚える小説だ)
2月にupしたのものを3月に修正加えました。
もうちょっと短めだったんですが、かなり長めにして、
ミトスの幻か、クラトスのゆめかはっきりさせたものです。
ミトスの罠だ!!派には大変申し訳ない結果になりましたが。
<大まかな話の流れ>
ロイド死亡(殺害したのはクラトス)→これは悪い夢だ…→ゆめ創造→
ゆめ完成。ゆめの中に飛び込む。(ゆめが現実になる)→
彷徨う魂→黒ロイドと出会う→虐められる→これはゆめだ。目を覚ませ
→目覚まそうかな?→だが心がそれを拒否する。→ゆめが永遠に続く
黒ロイドはクラトスの幻想ですが、死んだロイド自身が出てくる場合もあります。