Earnest
「え、俺にくれるって?すげぇ嬉しい!バレンタイン楽しみにしてるぜ!」
先日、自分に向けてくれた息子の満面の笑みを思い出し、
一人悦を浮かべる男がいた。傍から見たら怪しさ大爆発である。
だが幸いな事にこの家の主は現在近くの山に作った穴倉で仕事を行っているので、
ここには男一人しかいなかった。
男―クラトス・アウリオンは一人、息子−ロイド・アーヴィングと
養父のダイクの家の台所で鍋を片手に格闘していた。
チョコを溶かしているらしい。理由は冒頭の回想の通り。
明日に控えたバレンタインデー、クラトスはロイドにチョコレートを渡すつもりでいたのだった。
料理は得意でもなければ不得意でもないクラトスだが、あそこまで期待されてしまったのだ。
もちろん手作りで勝負をかけることにしたのである。
(……初めてだ…)
息子にこうしてプレゼントをするなど。
離れて暮らしていたのだから当たり前といえば当たり前なのだが、この事実が嬉しい。
死んだと思っていた息子に会えただけでも奇跡に近いというのに、
その息子に笑顔を向けられたり、プレゼントをしたりするなど夢にも思わなかった。
今まで親らしい事を何もしてこなかったクラトスにとって、
世間一般の親らしい事が出来るのではないだろうか。
…父親がチョコを手作りするのが一般的かどうかはクラトス本人にもよく分からないのだが。
話によると14日、ロイド達一行がダイク家にやってくるらしい。
クラトスが「チョコを渡したいのだが」という話を事前に告げていたためである。
そうでなければわざわざダイクの家に立ち寄る事はないだろう。
訪問回数の少なさが悲しい。
そう嘆いていると、鍋の中のチョコがどろりと液状になっていた。
色々考えをめぐらしていたらいつの間にか出来たらしい。
(よし、大分とろけてきた…あとは……)
「天使さま、チョコ頂戴」
「ぬおおぁあぁぁぁぁ!!」
突然沸いて出てきた声に驚き、戦闘不能時の時と同じような声をあげて飛び去るクラトス。
声をかけた人物−赤い髪の男は「び、びっくりした〜」とクラトスの悲鳴(?)に逆に驚かされたようだった。
クラトスがきつく睨むと、目の前の男はいつものようにへらへらと笑いながら手を軽く振る。
「今日和、天使さま。ごきげんよう」
「……ご機嫌じゃない」
むすっとしながら答えるクラトスにゼロス・ワイルダーは「ごめんごめん」と偽りの笑顔を見せながら呟く。
その嘘見え見えな態度が気に入らないというのに、この癖は一体いつになったら治るのだろうか。
…それはともかく。
「…何の様だ?」
あくまでも冷静に呟くクラトスをゼロスは「んー」と彼の顔をニヤニヤしながら鑑賞した後、
両手を軽く合わせながらお願いする。
「天使さま、チョコ頂戴」
「断る」
「ガーン!!」
コンマ0.05秒で断られ、ゼロスはしょんぼりと肩をすくめる。
どうやら奴の目的は明日のバレンタインチョコをゲットするためにやってきたらしい。
…ゼロスぐらいなら沢山の女の子から貰えるだろうに。
何故私に言うのだろう、とクラトスは心の中で呟く。
「今年はロイドにあげる手作りチョコで忙しい。…市販のものであればあげられるが」
手作りチョコが失敗してもいいように、と市販のチョコを数個買ってきてはある。
一部はロイド以外のメンバー―コレットやジーニアスなどにあげようと思っていたのだが。
そのあまりでよければ渡してもいいのだが、ゼロスは「えぇー」と明らかに不満そうだった。
「俺さま、クラトスの手作りがいーいー!!何でロイド君には手作りで俺さまには買ったものなのー?」
じたばたと駄々っ子のように動くゼロスに冷めた視線を送りながら、
クラトスはわざと聞こえるように深いため息をついた。
ゼロスはいつもそうだ。クラトスに対して「愛してるぜぇ」なんて言いながら
「キスしたい」とか「俺さま達もうそろそろ身体の関係になってもいいんじゃねぇの?」
と冗談なのか本気なのか口説いてくる。
クラトス本人としては恋人になったつもりはないのだが…
確かに唇を奪われた事があるのは事実だし、クラトス自身もゼロスの事は嫌いではない。
それに付き合おうといわれた事はないのだから今回もきっと冗談なのだろう。
クラトスは適当にあしらう事に決めた。
「私はロイドと約束をしている。お前と私は約束などしていないだろう?」
「でもバレンタインは恋人にチョコあげる日でしょー?
恋人の俺さまに上げないで、何で息子のロイド君にあげるかな?」
「恋人ではないだろう」
そうばっさり切り捨てた刹那、ゼロスの表情が一瞬だけ曇った。
本当に一瞬の事だったのだが、クラトスはその姿を見逃さなかった。
傷つけただろうか…、と鋭い痛みが胸をつくが、
ゼロスはすぐさまいつものお調子者スタイルに戻る。
「えー俺さま恋人だと思ってたー」
「………」
その乾いた一言にクラトスは何も答えられない。
ゼロスの希望通りに恋人だと認めるには自分とゼロスの関係は早すぎるように思えたし、
何より自分は死んだ妻―アンナの事をいまだ忘れられずにいる。
そんな不安定な気持ちのままで彼を一瞬だけでも慰めるような一言は、
逆に彼を傷つけるのではないだろうか…クラトスはそう思った。
「ゼロス」
そうなると自分が言う言葉は、
彼の望む言葉ではなく自分がゼロスに対してどういう言葉を求めているか、
という事を正確に伝えるべきなのだと思った。
だからクラトスはゼロスに説く。
名前を呼ばれ、ゼロスは訳が分からず上目だけでクラトスを見た。
「私も鬼ではない。…お前が本当に私のチョコを欲しいというのならば、作ってやろう。
だが軽い気持ちならば、他を当たれ。…心の底から本気で私のチョコが欲しいのなら渡す」
「……………」
ゼロスは答えなかった。彼なりに考えをまとめているのだろう。
普段着飾っている偽りの仮面を脱ぎ、
ありのままに答えなければあげないと言っているのだから、悩むのも分かる。
またはすぐさま「欲しい」と言えないのは本気じゃないからでは、という考えも浮かんできた。
…そういう場合は、仕方がないだろう。
「……クラトス、俺」
しばし経った後、ゼロスが口を開いた時だった。
バァン!!
「このアホ神子!!どこほっつき歩いているのサ!!」
「こんにちわ〜」
ダイク家のドアを乱暴に開ける音と、
騒がしい叫びと、おっとりした声が入り口の方から聞こえてきた。
振り返るとそこには懐かしい面子が揃っているではないか。
「げ、しいなとコレットちゃん……」
そう呟いたのはゼロスの方だった。
しいなはゼロスを見つけるとすぐさま近づき、
耳をぎゅっと引っ張りながら彼に怒りの矛先を向ける。
「あんた自由行動は控えろってリフィルに言われてたじゃないか!!
今イセリアでものすごい形相で怒ってるんだよ!!だから今すぐ来とくれよ」
「勝手な行動しちゃ駄目なんだよ〜?」
早口で捲くし立てるしいなと、逆にのんびりとマイペースに口を開くコレットに挟まれ、
ゼロスは戸惑いながらきょろきょろと彼女達に目を配る。どうしようか悩んでいるようだ。
その姿を見たクラトスは助け舟を出す。
「イセリアに帰りなさい。……明日どうせここに来るのだろう?」
その言葉に驚いたゼロスは、勢いをつけてクラトスの方へ顔を向ける。
その表情には「まだ言ってない」という戸惑いの表情が見て取れる。
だがクラトスは、もう彼の答えを求めてはいなかったのだった。
それを知らないしいなとコレットは、
クラトスに向かって「ありがとう」と礼を述べるとすぐさまゼロスを引っ張っていった。
扉が閉まるまで、ゼロスはずっとクラトスを見つめ続けていた。
「………ふぅ」
嵐のように去っていった3人を見送ったクラトスは、すぐさま料理に取り掛かる。
予定より1個多く作らなくてはいけなくなってしまったのだ。
急いで作らなければ間に合わなくなるかもしれない。
その後クラトスはダイクが戻ってくるまで熱心にチョコレートを作っていたのだった。
翌日。バレンタンデー当日、ロイド一行は約束通りダイクの家に集まっていた。
テーブルに並ぶ料理は、朝早くイセリアの方から手伝いに駆けつけた
リーガルとジーニアスの手によって作られた料理だった。
クラトスも作りはしたのだが、やはり料理が得意なこの二人には適わない。
なので皿の準備など簡単な作業を中心にやっていたのだった。
「うわぁ上手そう〜!!さすがはリーガルとジーニアスだぜ!」
二人はお互いに顔を見合わせながら、大成功に喜んでいた。
ロイドの言うとおり大したものだ。盛り付けから味にいたるまで完璧だった。
そうしてしばらく食事を楽しんだ後、食後のお茶を飲んで談笑していると、
コレットが顔を赤らめながらそっと道具袋から箱を取り出した。
「あ、あのねロイド……これ…」
それはコレットからロイドへのチョコのプレゼントだった。
ロイドは嬉しそうに「ありがとな!」と笑みを浮かべると、
渡して喜んでくれた事に安心したコレットが「良かったぁ」と満面の笑みを浮かべる。
それが切欠でチョコの手渡し大会が始まった。
皆が驚いたのだが、リフィルはどうやら皆にチョコを作ってきたらしい。
彼女の料理に殺されそうになった事のあるクラトスは貰った喜びより、
食べたらまた苦しくなるのだろうか…という恐怖の方が強かった。
ロイドには手作りチョコ、他の人々に市販のチョコレートを渡した後、
クラトスはゼロスに近づき、そっと彼に差し出す。
「ゼロス、チョコレートだ」
「………ありがとー」
他の人と同じく市販のチョコだと思ったらしいゼロスは、
あからさまに不機嫌そうにチョコを受け取った。
顔は笑っているが、どこか苛立っている、と思ったがあえて無視する事に決めた。
実際に開けて確かめてみれば分かるだろう、ゼロスに手作りチョコを作ったという事は。
その後クラトスは久しぶりに会う息子や、共に旅をしていた仲間達を談笑し、
楽しい時間を送ったのだった。
「それじゃあご馳走様!またこうやって集まれるといいな!」
帰り際に無邪気に笑う息子にそう言われ、
自然と笑みを浮かばせながら、クラトスは「そうだな」と彼に同意する。
確かに楽しかった。
いつもはダイクと二人でロイドの話を聞きながら、ゆっくりとした時間を送っているのだが、
たまにはこうやって若い人たちに囲まれ、騒がしいのもいいものだ。
「親父に挨拶してくる」と、ダイクの方へ行くロイドを見送った後、
隙を狙ってやってきたゼロスが素早くクラトスに近づいてきた。
何か用か、と言う前にゼロスは顔をそむけながら、ぼそりと呟いた。
「ありがとう天使さま。……あれ手作りチョコじゃん」
どうやら中身を見たらしい。
手作りだと分かるようにゼロスの名前をホワイトチョコで書いておいたのが幸いしたのだろうか。
まぁ市販のチョコであんな不器用なものはないに決まっているが。
「…欲しがっていたようだったのでな」
あくまでも冷静に呟くクラトスを横目に「うわ、むかつく〜」とゼロスは苦笑する。
「そう言っちゃって、本当は俺さまにあげたかったんじゃないの〜?」
「からかうと次はやらんぞ」
「あ、ごめんごめん、許して」
両手をあわせながら懇願するゼロスを見て、クラトスは安心感を覚えていた。
いつもはへらへらした態度が気に食わないのだが、
昨日の去り際の不安そうなゼロスを見て心配していたのだろう。
今日はいつも通りで良かったと思わずにはいられない。
やがて話す事がなくなり、ダイクと楽しそうに会話しているロイドや、
仲間たちの姿を遠巻きに眺めていると、
ゼロスが小さな声で、だが確実にクラトスに届くような音量で、囁いた。
いつもの冗談のような態度ではなく、本気だと分かるような声で。
「俺が本気でクラトスに惚れてる事、忘れんなよ?」
「…………」
時が止まる。
クラトスを見上げているゼロスは照れる事なく、不適な笑みを浮かべている。
それはいつか落とすという、宣戦布告である事は呆然としているクラトスでも分かる。
だが―
「おーい、ゼロス!帰るぞー!!」
ロイドの呼び声がしたかと思うとゼロスは「はーい」といつものように軽い返事をした。
彼はそのまますぐロイドの元へ駆けつけ、二度とクラトスを振り返る事はなかった。
息子達に手を振り、立ち去る彼等の後姿―特にゼロス―を見ながら、
クラトスは先程の言葉を繰り返す。
俺が本気でクラトスに惚れてる事、忘れんなよ―そう言った。
あれは彼なりの告白だったのだろうか。
だが返事も聞かずに帰るなんてゼロスらしくない気がする。
彼ならしつこく返事が聞けるまで粘りそうな気がするが。
(あぁ……)
思い当たる理由があった。そういえば昨日、
自分はゼロスの返事も聞かないまま、彼をイセリアに帰した。
おそらく、これは昨日の復讐なのではないだろうか。
クラトス自身は納得して彼を帰したが、
ゼロスは明日本当に貰えるのかどうか気が気じゃなかったのだろう。
勘違いじゃなく、これには自信がある。
つまりクラトスにも散々悩んで思い知れという事なのだろう―告白の内容も含めて。
「……フ」
自然と笑みが零れた自分に驚きながら、
クラトスはお調子者のふりをして意外に真面目な神子の姿を思い浮かべる。
次会った時はこっちが報復しなければ、と子供のような事を思いながら、ダイクの家へ戻った。
後書き(白文字)
去年書けなかったので、リベンジその2。
かの偉大な人が言った「季節なんて気にせずいつでも書け、発表しろ。
今の読者が次のシーズンも読者で居てくれる保証はない」
という言葉に感動したので黒子。は季節気にしないサイトを目指したいと思います。
頑張るぞーえいえいおー(立木風)