うそつき    VS    The quiet night    セバスチャンがみてる    膝枕





うそつき


最近の俺さまは変だ。
「好き」なのに八つ当たりしたり、心と言葉は同じ言葉を呟かず、
優しくしたいのに、好き勝手に抱いてしまう。
「嫌い」なのに愛して欲しいと願ったり、心と言葉は同じ言葉を呟かず、
関わりたくもないのに、構って欲しいと思ってしまう。

俺は一体、あの人の事が「好き」なのか「嫌い」なのか―それすらも分からなかった。

「………神子」
「ゼロス」
「……ゼロス、一体何のつもりだ」

俺に組み敷かれてなお、顔色一つ変えない天使さまが、疑問を口にする。
誰かを押し倒すなんて、理由は一つしかないだろう。
天使さまはそんなに馬鹿じゃないから、これから起こる事は予想できているはず。
今の質問は「何故私を抱くのだ」という意味だろう。

「そりゃ、俺さま天使さまの事愛しているから」
「…………」
「だから抱いていい?俺さま我慢できないタイプなの知ってるでしょ?」
「…………つき」

本当に小さな声だった独り言は、俺の耳にも届いた。
諦めと、そして同情に満ちたその声はまるで呪いの言葉。
俺を抉り取るような、その言葉を聞き、思わず口の端をつり上げる。
今の俺にはお似合いだな、と思いながらわざと聞かないふりをして、
無理やり天使さまの唇を奪う。

嘘つき、ね。
俺さまもそう思うよ、天使さま。







VS


「今日から護衛なしで平気だから、クルシスに帰っていいよ」
「は?」

突然のお暇を出され、困惑した表情のクラトスは目の前の相手を凝視する。
少し小生意気そうな、12歳ほどの少年―テセアラの神子ゼロスはさも当たり前だ、
といわんばかりの態度で「さ、行った行った」と右手をひらひらと振る。

「いや、待て。お前の一存で私の解雇は決められないぞ」

クラトスは世界の独裁者―ミトス・ユグドラシルの命でゼロスの護衛兼剣術指南を行っている。
神子であるゼロスは常に誰かに狙われている事は、神子を知る者なら誰でも知っている。
マーテル教の象徴でもあるゼロスなしに、国は成り立たないのだ。
そしてクラトスはミトスの命令なしにクルシスへ戻るわけにはいかない。
何回も暗殺者に狙われ、一時は瀕死状態にまで陥った事のある人間が何を言っているのだ。
納得がいかない、とゼロスに対し反論すると、ゼロスは「でもなぁ」と呟く。

「守られるより守る方が、格好いいし。」
「……お前、そんな理由で私を追い払おうとしていたのか?」
「俺さまが本気なの、クラトスだって知ってるでしょーよ。」

不敵に笑うゼロスを見て、クラトスは溜息をついた。
つまりゼロスは「好きな人に守られるのは格好悪いから、出ていって」と言いたいのだ。
確かにゼロスは強くなった。元々素質があった事も成長した理由だが、
本人が努力を怠らなかったのが最大の理由であろう。
強くなりたいと思った理由が「大好きな天使さまのため」なのが少し気に食わないのだが、
それを励みに頑張ってきた事は彼にとって馬鹿に出来ない事は確かだ。
だが正直に言うと、今のゼロスは過信しすぎている。まだ一人では誰にも勝てないだろう。
それを理解させない限り、ゼロスは命を落としてしまう。
死んでしまったら今まで守ってきた事も、すべて無に返す。それでは意味がないのだ。

「ならばゼロス、私を倒せたらお前の望み、かなえてやろう」

悩んだクラトスが出した条件は、やけにシンプルなものだった。
だがクラトスには絶対的な自信があった。自分が勝つと。
それをきいたゼロスは少し挙動不審になり、焦りが見え隠れしていたのだが
「やってやろうじゃねーか!」と意気込みだけは一人前に、そう叫んだ。

結果はクラトスの勝利だった。





The quiet night


その日は、星が綺麗な夜だった。
雲ひとつない、晴れ渡った空。
一つ一つが光を放っているかのような美しさに、ゼロスは見惚けた。
だが星という言葉を呟いた刹那、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
―惑星、デリス・カーラーン。
あの光り輝く、蒼い羽の天使が住んでいる星。

(……どうして、引き止めなかったんだろう)

部屋のバルコニーの手摺から身を乗り出しながら、そんな事をふと思う。
彼がいなくなってから早3ヶ月―あんなに目前にあったデリス・カーラーンは
今では宇宙を廻る星となって、シルヴァラントとテセアラの軌道上から遠く離れている。
つい先日まで天使が住んでいた彼の息子の家も、
彼が居たという痕跡さえ感じられないほど、酷く冷えたものに映った。
人一人いなくなったとしても時は止まらないし、世界は急速に進化を遂げている。
しかし自分の心だけ止まったままなのだ。あの日から。

『…私がいなくても、お前は大丈夫だろう?』
『ロイドを頼む』

離れたくないとか、一緒にいて欲しいとか、そんな事を言える雰囲気ではなかった。
いつもの自分なら、無理やりにでも引き止めるだろう。
惨めに映ろうとも、必死と笑われようとも、失いたくないものだから。
だけどゼロスは引き止められなかったのだ。
クラトスの決意が固かった事もある。だがそれ以上に思っていたのは漠然とした不安。

クラトスとは一緒にいられない。

付き合い始めた時から、時々感じていた事だった。
クラトスは目的のためならば危険を顧みず、飛び込んでいくような男だ。
ミトスを欺き、アイオニトスを手に入れようと提案された時は物凄く驚いた。
彼らしいといえば彼らしいのだが、
それと同時に自分にないものを持っているのが羨ましくて仕方がなかった。
自分は誰かのために、必死になる事なんてした事がないから。
冷たい指先を握り、互いに見つめ合っても、
こんなに近いのに、どこか遠くにいるような気がした。

自分の存在は、クラトスにとって邪魔にしかならないのでは。
彼の生き方を無理やり変えさせるほど、強く言えないゼロスは黙ったまま見送った。
そうして今、毎日ぼんやりと空を眺めている。

「……馬鹿みてぇ」

こんなに小さな存在なのに、痛みは体全身を覆うほど酷く痛む。
激痛に身体が壊れてしまいそうだ。
しかし心の痛みは精神を壊す事が出来るけど、心臓を止める事は出来ない。
一体自分はどうしたらいいのだろう。
クラトスがいないと泣き喚けば、満足するのだろうか。
時を戻して欲しい、なんて無理な願いを流れ星に願えば、それでいいのだろうか。

何も分からない。何も出来ない。
流れ落ちる雫を拭う事なく、ゼロスは水平線から太陽が昇るまで、星空を眺め続けた。






セバスチャンがみてる


付き合ってみて分かったのだが、ゼロスは人を抱きしめるのが好きらしい。
私の姿を見つけた途端「天使さま〜!」と軽やかに駆けつけ、ぎゅっとしてくる事がしばしば。
小さい頃は微笑ましい、と思いながらそっと頭を撫でてやったりしたものだが、
ゼロスも今年で22歳である。…さすがにこの歳でそれはまずい。
メルトキオの中心で愛を叫ぶ…ではなく、
メルトキオの広場で突然抱きしめられた時はびっくりして心臓が飛び出しそうだった。
お陰で近くにいた小さな女の子が私の顔を見て「大丈夫?」と聞いてきたではないか。

「というわけで離してくれないか。」
「何で?」

何でって説明したばかりではないか、とこっそり突っ込みながら、わざと深い溜息をつく。
それが気に食わなかったのか、ゼロスは少しむっとすると再びぎゅう、と締め付ける。

「愛情表現の一種でしょー?何が不満なの、天使さまは。」
「不満も何もお前はいくつだ」
「来週で22歳。あ、プレゼントよろしく」
「ああ、分かっ……。じゃない、理解しているのなら何故私を抱きしめる」
「愛情表現の一種でしょー?何が不満なの、天使さまは。」
「不満も何も…」

ループしそうだったので、話を中断する。
こうなると言う事を聞かない可能性が出てきた。
ちょっと(いや、かなり)頑固なゼロスの事だ。
おそらく言っても「愛情表現」と返してくるだろう。
この辺りで、奴を一泡吹かせなければ一生このままだ。
何かいい方法を…と模索しているとふといいアイディアが浮かんだ。
子供扱いされると嫌がるゼロスにとって絶好の煽りである。

「私に愛情表現など、まだ子供のつもりでいるのか」
わざと嫌味をこめて、馬鹿にするように鼻で笑った。
もしかしたら怒るのでは、と少し躊躇いが生じたが今は罪悪感と戦わなくてはならない。
これはゼロスを大人にするためのちょっとした助言なのだ。

だが返ってきた言葉は意外なものだった。
「じゃあ大人な愛情表現ならいいんだ?」
「………は?」
大人な愛情表現が思いつかなくて、一瞬だけ隙が生まれる。
ゼロスの眼がきらーん、と光った(幻覚ではなく、紛れもなく光った)と思った刹那、
私の顎に手を添え、ちょっと下へ下げさせると貪り食うかのように唇を重ねた。
「っむ、う………」
しかもただの接吻ではなく、舌を絡めた深い………もう言いたくない。
放心状態に陥った私はそのまま硬直してしまう。
それを好機、とばかりにゼロスはがばちょ、と身体を床に押し付ける。
突き飛ばす力すら残されていなかった身に、誰かの視線が絡み合う。

「…………」
「………!」

セ バ ス チ ャ ン が み て る 。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が澄みきってない屋敷にこだまする。
マーテル様のお庭に集う神子が、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高いクラトスを押し倒す。
汚れを知り尽くした心身を包むのは、サーモンピンクの洋服……(以下略)

「まさか天使さまから誘ってくれるなんて、予想外だったなぁ」
「…………。」

あまりのショックに某お嬢様学校が舞台の、
ちょっと百合な小説の冒頭の文を読んでしまったではないか。
現実逃避している間、ゼロスは終始嬉しそうだった。現に今もにやにやしている。
私はというと、自分の情けなさに死んでしまいたい…と思うほど落ち込んでいた。
天国のアンナとロイドに深く謝罪していたら、ゼロスの手が再び私の身体に伸びてくる。
最近の若者は、こんな短時間で回復し、元気になるのか。
終わらない悪夢に耐え切った後に何があるのだろう。
…多分その先も悪夢だ、と思った。






膝枕


「天使さま、お酒飲まない?」

了承の声を聞く前にグラスを2つ用意しながら、ゼロスは提案した。
テーブルにあった貢物―もといプレゼントボックスを床に避けて、黙々と準備をする。
「………待て、私は飲むと言ってないだろう」
「え〜?そんな硬い事言わずに飲もうよ天使さまぁ」
甘ったるい声を出しながらゼロスはにっこりとクラトスに微笑みかける。
そうしてベッドの下に上半身を潜らせ、何かを引っ張り出すと、
テーブルの真ん中にドン、と置いた。
それは氷水に浸してあった、ワインである。
ゼロスは慣れた手つきでコルクを開くと、グラスに注ぎ始めた。
部屋が一瞬にして葡萄の香りに包まれる。

「最初から私の意見を聞くつもりがなかっただろう?」
「へ?いやーそんな事ないよ〜」

へらへらとしたゼロスの笑みに呆れた、と言わんばかりに睨みながら
クラトスは仕方がなく、グラスの置いてあるテーブルへ向かう。
ゼロスは彼の真正面の椅子に腰掛け、グラスをゆらゆらと動かした後、
「乾杯しよう」とクラトスに話し掛けた。

「何に乾杯するのだ」
「てけとーにクルシスに、でいいんじゃねぇ?」
「………」

何か企んでいないだろうか、とゼロスをじっと見つめたが、
何も出てこなさそうな彼の態度を見、クラトスは疑心をひとまず隠す事にする。
そして「「乾杯」」と声を合わせると、二人は各々のペースでワインを飲み始めたのだった。

(おかしい)

異変に気づいたのはゼロスだった。
眩暈と、そしてちょっとだけ高鳴る興奮が彼の身体を襲った。
目の前の相手が魅力的だから、とかいう理由ではなく、ただ単に酔っていた。
こんなに酒を大量に飲むのは久しぶりだな、と思いながらゼロスは相手の顔をまじまじと見つめる。
クラトスは無表情で飲んでいる。
顔も普段と変わった所はないし、瞳も虚ろではなく、しっかりしていた。
気持ち悪いのを堪えながら、ゼロスはこっそり問い掛けた。

「あの、天使さま…。もしかしてお酒強い?」
「…さぁ。比べた事がないから分からない。」
少なくともユアンよりは強いな、と付け加えながら、クラトスは再びグラスを傾ける。
クラトスの方が若干ペースが遅いものの、ゼロスと同じ―いや、それ以上飲んでいる。
なのにこの違いは何なのだろう。全然酔ってないじゃないか。
(……もしかしなくても、作戦失敗……?)
ゼロスの計画では、酔ったクラトスを優しく介抱し、そのままベッドになだれ込むつもりだった。
気持ち悪そうなクラトスを「大丈夫、俺さまがついているよ」と囁きながら、
いつしか二人は恋に落ちる…なんてロマンチック・ストーリーを想像していたのだが。
(これじゃ俺さまが先にダウンしそー……)
とりあえず飲める所まで飲もう、と思いゼロスは7本目のお酒を取りに椅子から立ち上がる。
矢先に。

「う」
世界が廻っている。―否、ゼロスの目が廻っているのだ。
頭がひび割れそうなぐらい痛い。
これ以上は駄目だ―だけどクラトスを先に酔わせなければ。
その願いも虚しく、体重を支えきれなくなり、ゼロスは床に倒れ込んだのだった…。

「んー………」
ゆっくりと目を開くと、最初に目に映り込んだのは、濃紺色の服と、ベルト。
頭を動かすと、額から何かが擦れる音が聞こえる。
ひんやりしているから、おそらく氷が額に乗っかっているのだろう。
「目が覚めたか?」
真正面から見上げると、鳶色の瞳と目が合った。
「………クラ、トス…?」
頭が上手く働かない所為か、一瞬誰かわからなかった。
名前を呼ばれたクラトスは小さく「フ」と笑うと、ずれた氷を額の中心に戻す。
そうしてじっと見上げていると、彼は微笑みかけた。
「あまり無理をするな。…限度というものがある」
「……あんたはその限度より多く飲んでたじゃん」
「人より少々長生きなのでな」
答えになってない、と突っ込む気も起きず、
ゼロスはひんやりとした氷の感覚と、頭の裏側から感じる柔らかさに安堵する。
真正面から見上げて、クラトスがいるのなら、おそらくこの柔らかいものは彼の太股だろう。
体温は少し冷たかったが、ワインで火照っている体には気持ちのいい温度だった。

(…何というか)
作戦は失敗だったけど、彼に膝枕をしてもらったのだ、と思うとちょっとだけ嬉しかった。
起き上がりたいのも山々だったが、ちょっとだけこの柔らかさに浸っていたいと思う気持ちもある。
ゼロスは悪知恵が働き「寝たふりをしてしまおう」と決め、ゆっくりと目を閉じた。
もしかしたら気づかれるかも、と思ったがクラトスは黙って膝を貸してくれたのだった。