おこさま









「ゼロス……」
「ロイド君…?あの、いや、ちょっと待って欲しいんだけど」
目の前の少年―ロイドの熱い眼差しを正面から受け止めながら、
ゼロスは怯えたように自分の体を抱きしめた。

先ほどから押し問答が続いている。
一体どうしてこんな事になってしまったのだろう。
慌てながらも、頭はいやに冷静なゼロスは目の前の相手の行動を思い出す事にした。





ロイドは一緒に旅をし始めた頃から、たまにゼロスをじっと見つめる癖がある。
最初は一体何事か、と思ったのだがあんまりにも見つめられるものだから、
思わず「これってラブ?」などと勘違いしてしまったではないか。
まぁ結局いつのまにかくっ付いてしまったので結果的にはラブだったわけだが。
そしてある日の夕刻、本日の宿屋を決めたロイド達一行は、各自自由に街を探索していた。
ゼロスはどうも乗り気じゃなく、本日泊まる宿屋の一室でだらだらしていたのだが
そんな時、ロイドがこの部屋を訪れた。
そうして強い決意を感じる表情で「頼みごとがあるんだ」と部屋へ入ってきたのだった。





「頼むよゼロス、オレもう我慢できないんだ…!!」
ゼロスが座っていたベッドに座り込み、彼の元へ前進する。
思わず後すざったゼロスは額に汗を流しながら、
表面上は笑顔で、ロイドをたしなめた。
「だ、駄目だって!!これ大切なものなんだぜ?おもちゃってわけじゃねーし」
「分かってる!分かってるけど…仕方がないじゃないか、舐めたいんだ!!」
融通の効かない相手の言い分にゼロスは深いため息を吐く。
これは何を言っても譲ってくれなさそうだ。



(しかしなぁ)
さすがにこれを舐めさせるのはマズイ。
ゼロスにとっても大切なものでもあるし、何より手垢で汚れている。
こんなものを舐めて何がしたいのか、ロイドに聞きたくなった。
「あのさ、ロイド君。これ舐めてどうするの?」
「そりゃ…決まってるだろ、は、恥ずかしい事言わせるなよ……」
何故かロイドが照れた。
嫌な予感がし、ゼロスはかたく身を強張らせながら、
相手の表情をじっと見つめていた。
(一体、何考えて…)
ロイドの考えている事が全然分からなくて、ゼロスは戸惑う。
ここは大人しく舐めさせるべきなのか。
そう思った矢先。
いい加減焦れたのかロイドは一瞬の隙に、素早い動きでゼロスの手首を掴んだ。



「!?」
手首を捕まれたゼロスは、驚きと困惑の表情を彼に向ける。
ロイドは無邪気な笑顔を見せると、そのままゼロスの体をベッドに押し倒した。
逃げないように掌をしっかりと握り、顔に息が吹きかかるぐらいの距離で、
相手の顔を覗き込んだのだった。
「いいよな、ゼロス?」
有無を言わせんとばかりに力強く言葉を発する。
いつもとは違う妙に男らしいロイドに少しドキドキしながら、
ゼロスはへらへら笑みを浮かべつつ、冷や汗をかいていた。
「じょ、冗談でしょ〜?」
「冗談なんかじゃねぇよ。オレは本気だ、ゼロス…!」
「うひゃぁ」
少し(いや、かなり)強引に、ロイドは頭を移動させ、ゼロスの胸元まで唇を近づけた。
先ほどの『うひゃぁ』はロイドの息がちょっとだけ弱い首筋にかかったのと、
もぞもぞと移動し、体と体が擦れ合ってしまったため、思わず口から漏れてしまったものだ。
ロイドの瞳は相変わらず熱っぽい。
その瞳はじっとゼロスの首筋辺りに注がれている。
「舐めて、いいよな?」
「…………」
駄目って言っても舐めるくせに。
そんな事を思いつつ、ゼロスは観念し小さく頷いた。
ロイドは無垢な笑顔で「へへ」と笑うと、ゼロスの頭をくしゃりと撫でて、
そのまま首筋に唇を近づけた―――――




刹那。




「ロイド!!あなた宿題の提出はお昼までって言ってあったでしょう!?
前の宿題も提出してないし、いい加減真面目に勉強しなさ……?」
大きな音を立てながら開かれた扉の先には、美しい顔が怒りで歪んでいるリフィルがいた。
そうして文句を言いに来た相手―ロイドを目で探して見つけた瞬間、部屋の状態に気がついた。
そこには赤い顔をして押し倒されている仲間と、
今にもゼロスを襲いかねない姿をし、呆然とリフィルを見つめる教え子の姿があった。




「「「あ」」」




時が止まった。
だがそれは一瞬の出来事。
リフィルは目に見えないほどの速さで近づくと、すぐさま二人を引き離し、
教え子を締め上げた……






「…で、これはどういう事なのかしら?」
宿屋の食堂に、穏やかな雰囲気を壊すようなオーラを放った一席があった。
顔は笑っているが瞳は笑っていないリフィルを目の前に、ロイドは恐れおおのいている。
隣には襲われていた(?)ゼロスも座り、
恐怖で体が震えているロイドを同情しながら見つめている。
あんまりにもリフィルが怖いのか、ロイドは一向に口を開こうとはしない。
だがそんな態度がますますリフィルの怒りを買うことになっていた。
「あのねロイド。私はあなたの行動をとやかく言う権利はないのだけど、
それでも一応あなたは私の教え子ですから、それなりに結果を見せてもらわないと困るのよ。」
黙っていたロイドがこくりと頷く。
少しだけ反応を返す教え子の顔を覗き込みながら、
リフィルは一息つくと攻めたてるように言葉を続ける。
「色に目覚めるのもいいけど、やる事はやってからにして欲しいわ。
…あなた宿題の提出期限いつか、覚えている?」
「……に、二週間前です……」
思わず敬語を使うロイド。
今のリフィルには素直に従う方が良い、と感じたのか先ほどゼロスを襲った時とは違い、
ものすごく無様な状態だった。
こんなロイド君久々に見た、と興味深々で眺めていたゼロスだが、
ふと会話が宿題とロイドの話になっているのに気づき、首をかしげる。


「あなたが勉強嫌いなのは知っているけど、将来困るのはあなたなのよ?
その辺り分かっているのかしら?」
「あ、あの〜、リフィル様?俺さま、襲われてたんですけど…?」
先ほどから自分の話題が出ていない事に疑問を覚え、ゼロスは思わず手を挙げる。
だがゼロスに気づかず、リフィルは会話を続ける。
「だから剣の稽古や恋人との逢瀬に使う時間をもう少し勉強にも使って欲しいのよ。
あなたが学習した事は、きっといつか役に立つわ。
もちろん旅をしている私達にとって、あなたが強くなってくれるのは喜ばしい事なのだけれど、
苦手な事を放置してやるのはどうかしらね?」
「いや、あのリフィルさま」
「剣をただ振るっているだけでは強くなれないわ。
状況を的確に判断し、無駄な戦闘を避けるのも、一つの戦い方なのよ。」
「リフィ」
「黙っていろゼロス!!今私とロイドはロイドの今後について話しているのだ!!」
突然遺跡モードになったリフィルに、ゼロスはちょっとだけ怯えた。
熱弁を邪魔された所為で、リフィルはかなり怒っているようだった。
しかし先ほどの行為を「逢瀬」と誤解されたままでは困る。
リフィルをなるべく怒らせないように、かつ会話を宿題から自分の事に変えようと
ゼロスは二人の会話に口を挟む。


「ま、まぁまぁ、いいじゃないのよリフィルさま。
ロイド君だって反省してるだろうし…なぁ?」
作り笑いを浮かべながら軽く呟くと、今がチャンス、
と思ったロイドは「あ、あぁ」と頷き、会話を引き継ぐ。
「こ、今度からちゃんと宿題出すよ。
分からなかったらちゃんとジーニアスやコレットに聞いて、自分の力でやるし…
だから今日はこの辺で勘弁して欲しいかな…なんて」
「…………」
そんな二人をジト目で見つめていたリフィルだが、
清々しいぐらいに愛想笑いの二人の表情を見つめ、深いため息をついた。
「……分かりました。今日はこの辺で勘弁してあげるわ」
「やったぁ!!」
拳を握り、ガッツポーズするロイド。
そんなロイドを仕方がなさそうに苦笑しながら見つめたあと、リフィルは顔をゼロスに向ける。
「で、先ほどから何か言いたそうだけど、ゼロスは何が言いたかったのかしら?」
「あ、あぁそうそう。さっきロイド君に押し倒されていた件なんだけど…」
突然話題をふられ、少し言いよどむゼロスを疑わしそうに見つめた後、
リフィルは「あら」と呟き美しく微笑む。
「言い訳しなくても、貴方達が恋人である事知っているのだから、安心なさい。」
「……リ、リフィルさま」
嫌味だ、と分かりつつも「恋人」の響きが何だか妙に恥ずかしくてゼロスは思わず言葉を失う。
たった1歳差でもこんなに他人に対する余裕の差があるのか。
やはりリフィルさまには敵わないと思った。



「あ、そうそう。俺ゼロスのクルシスの輝石舐めたかったんだよ。」
突然思い出したかのように、ロイドは手を合わせ、「輝石について勉強」と呑気に呟いた。
「輝石について勉強…?」
ロイドの意図を図りかね、リフィルは首をかしげる。
それは襲われたゼロス自身も聞いていなかったので、彼もロイドの言葉を待った。
するとロイドは楽しそうに手振りつきで説明し始めたのだった。
「ほら、コレットが世界再生の旅をしてた時、
パルマコスタでジーニアスが借りた本あったじゃん?
あれに書いてあったんだよ、テセアラの神子のクルシスの輝石はいちご味だって」
「――――――――!?」
ロイドのとんでもない発言にゼロスは思わず椅子から立ち上がる。
突然立ち上がった男を別の席で座っていた客は、訝しげな表情でゼロス見つめていた。
他の客の目は「何してんだこいつ」と語っている。
「あ」
そんな状況にすぐさま気づき、怪しい人になりたくなかったゼロスは座りなおすと、
隣にいるロイドに向かって、迷惑にならない程度の大きさの音量で、叫んだ。
「な、なんでそうなるんだよ!?ロイド君が持ってるエクスフィアだって味しないでしょ!?」
「え、でもクルシスの輝石は俺たちのエクスフィアとはちょっと違うだろ?
コレットに頼んでも良かったんだけど、本にはテセアラの神子って書いてあったしさぁ」
ロイドの言い分には、ゼロスは言葉を失う。
そんな理由で襲われたのか、俺さま。
確かにエクスフィアとクルシスの輝石は似て非なるものだが、
あんなピンク色の会話をしてまで舐めたかったのは、いちご味かどうか確かめるためなのか。


眩暈がしてきた。
ついでに頭痛もする。
頭を抱え、云々唸っているゼロスを見つめながら、
リフィルはロイドに向かって呆れたように呟いた。
「あれは噂話を本にしてまとめたものだから、
信憑性はないってジーニアスが言わなかったかしら?」
どうやらその噂の本はリフィルも読んだらしく、ロイドをそう嗜めた。
「でもよぉ、あんなに見てそのまま書いたかのような話が嘘なわけないってオレ思ったんだ。
だからゼロスのクルシスの輝石を舐めれば、きっといちご味がすると思って…」
「あれを読んでどうしてそう思うのよ…」
リフィルも頭痛がしてきたのか頭を抱える。
だが長年ロイドに付き合っている所為か、いい加減慣れて立ち直りの早かったリフィルは
先ほどからぶつぶつと呟いているゼロスに向かって助言を出した。
「ゼロスも読んでみたらどうかしら?あまりにも下らなくて逆に面白い本だから。」
と、優しくそう言ったのだった。





「これか…」
ロイドに連れられ、ゼロスだけでなく他の仲間も一緒に、
シルヴァラントのパルマコスタ学問所に来ていた。
ロイドの話を、特にテセアラ組は面白いと感じたのか
目の前の本を興味津々で見つめていた。
ちなみにシルヴァラント組は各時自由な時を過ごしていて、現在この場にはいない。
さきほど唯一ロイドがいたが、お腹が空いたといって学食へ行っている。
「何かあったら呼んでくれよな!」と元気よく、コレットと共に部屋を出て行ったのだった。
というわけで、ゼロスは久々にテセアラ組だけで過ごしている。
彼らは空いている机の周りに椅子を用意し、手には噂の本を抱え、準備万端だった。
「これが……テセアラの本…」
プレセアが赤い表紙を見つめながらぽつりと呟く。
「ふむ、一見ただの本に見えるが…」
リーガルは手枷があるにも関わらず、器用に本を手にしていた。
「でも面白そうだねぇ。『テセアラ都市伝説』だってサ」
見るからに楽しそうに笑いながら、しいなはぱらぱらと各ページを開く。
プレセアもリーガルも本を開いたため、ゼロスも自然と目の前の本に目を通す。
そこには細かい字で書かれた『テセアラ都市伝説』という本があった。

(……これ、本当にロイド君読んだのか?)

あの勉強嫌いで有名なロイドが、こんな本読むとは思えない。
別の本と間違えてないか、とも思ったが最初にこれを手渡したのはロイドである。
ボケが始まってないかぎり、普通の本と
ロイドが読む子供向けの簡単な本と間違えるはずがない。
というわけで、ゼロスはクルシスの輝石にまつわる話を目次から探したのだった。
そしてゼロス達はとんでもないものを目にする。


「………あ」
「いっ!?」
「う」
「えぇ〜!?」


お、は誰も言わなかった。
テセアラ組一行は同じページで手を止めていた。
それはページ数にして、たかが6ページ目なのだが、
一向の手を止めるには充分な内容だった。
「なっ…なんだいこれは!?あたし達をバカにしてるのかい!!」
少し怒ったように、しいなが叫ぶ。
周りの学生は不審、かつ迷惑そうな目でゼロス達を見つめていたが、
そんな周りの目すら気づかず、彼らは驚きの表情を隠せないまま、固まっていた。
「都市伝説というものは、少し歪められた小話が伝説になると聞いていたのだが…
これは、凄いな……」
リーガルは顔を引きつらせながらその問題のページを見つめる。
「えぇ。このような人間はおそらくテセアラ中を探してもいないと思います。」
表情にはあまり表れていないが、プレセアも彼女なりに驚いているらしい。
そんな3人の表情を確認しながら、ゼロスは「しかしよ〜…」と再び目を向ける。
「いくらなんでもこれはないでしょ〜よ……」
そのページには『テセアラ都市伝説』の目次が記されていた。

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